牛伏川フランス式階段工
- 文化・教育施設
長野県松本市にある牛伏川階段工は、国の重要文化財に指定された美しい石積みの砂防施設です。しかしその背景には、自然災害との長い闘いの歴史がありました。
江戸時代、城下町の建設用材などのために行われた過剰な森林伐採により、牛伏川上流の山々は保水力を失い「はげ山」と化しました。その結果、牛伏川はひとたび大雨が降ると土石流となって下流を襲う「暴れ川」へと変貌し、地域住民は絶え間ない水害に苦しめられました。この問題は地域に留まらず、流出した土砂が遠く新潟港にまで達して堆積し、国家的な問題として認識されるに至ります。
事態を重く見た明治政府は、1885年に国家事業として砂防工事に着手しました。山の緑化と砂防堰堤の建設を30年以上にわたり続け、その集大成として1918年に完成したのが、この牛伏川階段工です。ヨーロッパの先進的な砂防技術を参考にしつつも、施工にはコンクリートを使わない日本の伝統的な「空石積み」の技法が用いられ、西洋の知恵と日本の技が見事に融合した建造物となりました。
完成から100年以上が経過した現在も、階段工は現役の施設として地域の安全を守り続けています。その歴史的・技術的価値から2012年には国の重要文化財に指定され、今では周辺一帯が公園として整備されています。かつての災害の記憶を伝えるこの場所は、時を経て、夏には子どもたちの歓声が響き渡る、市民にとってかけがえのない憩いの場へと生まれ変わりました。この貴重な文化遺産と美しい自然環境を、たゆまぬ努力をもって維持管理されている関係者様に、心からの敬意が表されます。
夏の日差しの中、水しぶきを浴びて遊んだ記憶、秋の紅葉に染まる石積みを眺めた思い出など、この場所は今なお多くの人々の心に、大切な一場面として刻まれ続けています。
(2025年9月執筆)
PHOTO:写真AC