Final 2027年3月31日 記事【久留里線】平山駅 廃駅のイメージ画像 History 90年

【久留里線】平山駅 廃駅

  • 乗り物
  • 建物・施設

昭和の延伸とともに産声を上げた平山駅

千葉県を走るJR久留里線の平山駅は、昭和11年(1936)3月25日、久留里駅から上総亀山駅までの延伸に伴い誕生しました。大正時代に県営鉄道として始まった区間とは異なり、この駅は国鉄の延伸によって設置された生粋の停車場として、地域の期待を一身に背負っての開通でした。木更津駅から25.7キロメートル地点、君津市の豊かな山間部への入り口に位置し、蛇行する小櫃川のせせらぎが聞こえるのどかな農村地帯に佇んでいます。戦時中の昭和19年(1944)には不要不急線として一時休止の憂き目に遭いましたが、戦後の昭和22年(1947)に運行が再開され、再び鉄路の響きがこの地に活気を取り戻しました。

潮風を運ぶ廃ボートと人々の記憶

平山駅のホームは単式1面1線という構造ながら、かつての賑わいを想起させるほど幅が広く、ゆったりとした空間が広がっています。駅の西側にはかつて物資の集積地であったことを物語る立派な倉庫の基礎が残り、往時の物流の拠点としての姿を今に伝えています。また、海から直線距離で20キロメートル以上離れた山間部でありながら、構内には廃ボートを再利用した巨大なプランターが設置されており、訪れる旅人の目を楽しませる不思議な景観を作り出しています。駅のすぐ側を通る国道410号線沿いの駅名標は、まるで史跡案内のような奥ゆかしさを湛え、地域の人々の暮らしに静かに寄り添い続けてきました。

時代の変遷と無人駅としての歩み

昭和29年(1954)に無人化された平山駅は、時代の流れとともにその姿を変えてきました。昭和34年(1959)に建てられた木造待合所には今も建物財産標が残り、昭和51年(1976)頃に初代駅舎が取り壊された過渡期を経て、昭和57年(1982)に現在のコンクリート造りの簡易駅舎が竣工しました。近年では令和元年(2019)の房総半島台風により周辺の法面が崩落するなど自然の猛威にもさらされましたが、その都度乗り越えてきました。令和5年(2023)の調査では、今なお約200人の住民が日常の拠点として認識しており、乗降客数は少なくとも地域にとって欠かせない結節点であり続けています。

黄金色の原風景を次世代へ繋ぐ

ホームの目の前に広がる田園風景は、秋になると黄金色の稲穂が波打ち、まさに日本の原風景と呼ぶにふさわしい美しさを見せてくれます。現在は近隣の学校へ通う学生たちの通学路として、未来を担う若者たちを毎朝静かに送り出す役割を担っています。過疎化が進む厳しい状況下ではありますが、平山駅が刻んできた九十年に及ぶ歴史と、それを見守ってきた地域住民の想いは、これからも消えることはありません。この静かな駅舎が、いつまでも旅人と地域の人々を繋ぐ心のよりどころであり続けることを願い、敬意を表します。

(2026年2月執筆)

美しい営みに残された時間は長くはありません。

PHOTO:PIXTA

同じ都道府県の記事

同じカテゴリーの記事

ファイナルアクセス会社サイトはこちら

残り日数で探す

記事ランキング※24時間以内

Final Access Books

注目コンテンツ これが最後です

都道府県から探す