記事奥武山陸上競技場 取壊のイメージ画像

奥武山陸上競技場 取壊

  • 文化・教育施設

かつて漫湖の入江に浮かぶ美しい島であり、葛飾北斎が「琉球八景」の一つとして描いた景勝地、奥武山。その近代史は明治34年(1901)、皇太子ご成婚を記念した「奥武山記念運動場」の開設に遡り、沖縄県初の運動公園としてスポーツの夜明けを告げました。

先の大戦時には日本兵等の捕虜収容所となり、戦後の一時期は那覇港湾作業に従事する人々による行政区「みなと村」の役場が置かれるなど、激動の昭和史を映す鏡でもありました。現在の陸上競技場は昭和40年(1965)に開場しました。最大のハイライトは、本土復帰翌年の昭和48年(1973)に開催された復帰記念沖縄特別国民体育大会、通称「若夏国体」です。メイン会場として全国との新たな絆を結び、その後もNAHAマラソンのゴール地点や産業まつりの舞台として、県民に愛される「スポーツの聖地」としての地位を確立しました。

しかし、施設の老朽化に伴い、この歴史ある陸上競技場は取り壊され、その役割を終えようとしています。跡地には令和13年(2031)度の供用開始を目指し、Jリーグ規格のサッカースタジアムを核とした新たな交流拠点の整備が計画されています。

長きにわたり県民の歓喜と汗を受け止め、次代の「賑わいの拠点」へとバトンを繋ぐべく尽力される運営管理主の皆様には、深く敬意が表されます。大きく姿を変えるその前に、復興とスポーツの歴史が地層のように重なるこの地を、歴史ファンの皆様もぜひ一度訪れてみてはいかがでしょうか。

(2026年1月執筆)

見慣れた光景に残された時間は長くはありません。

 

多くの人々の思い出を詰め込んで、その歴史の最終章に入りました。

PHOTO:kent

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