和歌山市立伏虎中学校 閉校
- 文化・教育施設
伏虎城の麓に産声を上げた学び舎の記憶
昭和22年(1947)5月3日、戦後の混乱が色濃く残る中、和歌山市立伏虎中学校は開校の産声を上げました。当初は吹上小学校などの教室を借りる形でのスタートでしたが、同年10月に七番丁の地に待望の校舎が完成します。校名は和歌山城の別名「伏虎城」に由来し、昭和24年(1949)制定の校章には天へ昇る虎の躍動感が込められました。昭和28年(1953)頃には1クラス約60名という熱気に満ちたマンモス校へと成長し、城内の広場で汗を流す生徒たちの姿は、復興へ向かう地域の希望そのものでした。
城下町の多様な文化と国際交流の調べ
本町地区の華やかなネオン、南海和歌山市駅の喧騒、そして官公庁街の厳かな空気。伏虎中学校は、和歌山市の多様な表情が交差する結節点として地域に根ざしてきました。平成元年(1989)からはカナダのリッチモンド市との交流が始まり、歴史ある校舎に異国の風が吹き抜けるようになります。平成8年(1996)の創立50周年を経て、生徒たちは「美しく、仲良く、静かで、活力ある学校」という目標のもと、お城の静寂に包まれながら真摯に学び、清掃活動に励む日々を過ごしました。
時代の変遷と小中一貫校への新たな門出
少子化の波を受け、平成24年(2012)4月5日に周辺校との統合方針が発表されました。そして平成29年(2017)3月、惜しまれつつも71年の歴史に幕を下ろします。翌月には県内初の公立小中一貫校「和歌山市立伏虎義務教育学校」として再出発し、秋元康氏作詞、澤和樹氏作曲という豪華な新校歌が誕生しました。かつての校地である七番丁の跡地には、令和3年(2021)に和歌山県立医科大学薬学部が設置されるなど、学びの場としての系譜は形を変えて受け継がれています。
伝統を刻む石碑と未来へ繋ぐ伏虎の精神
学び舎が消えても、卒業生たちの母校への愛は消えることはありませんでした。第6期生をはじめとする有志の熱意により、令和3年(2021)10月、和歌山城ホールの西側に「伏虎中学校跡」の石碑と記念パネルが建立されました。新校章にも旧校名の「伏」の文字が刻まれ、その精神は今も後輩たちへと継承されています。虎伏山の緑を仰ぎ、この地で育った数多の若者たちの足跡は、和歌山の歴史の一部としてこれからも市民の記憶の中で輝き続けることでしょう。
(2026年2月執筆)

学校正門でしょうか。

正面の道路から校庭を望みます。

隣接する宿泊施設からの展望です。
PHOTO:那覇在住T様







