Final 2011年3月31日 記事高崎市立倉渕東小学校 閉校のイメージ画像 History 138年

高崎市立倉渕東小学校 閉校

  • 文化・教育施設

高崎市立倉渕東小学校(群馬県高崎市倉渕町三ノ倉515)が、その歴史に幕を下ろしたのは2011年3月末のことでした。実に138年の長きにわたって子ども達の学びを見守り続けた学び舎の最後でした。

当校の祖となる学び舎は二つあり、御倉校(三ノ倉校)は1873年に、三宝校(水沼校)はその翌年に開設されました。1964年には三ノ倉小と水沼小が統合して倉渕村立東小学校となり、2006年に合併で高崎市となった際、倉渕東の名称となりました。

児童数は、閉校前年度で全校合わせて81人。特に低学年が少なく、1年生は5人だけだったそうです。最終年度には72人と少子化の傾向がいっそう進み、地域の人々に惜しまれながら閉校の日を迎えるに至りました。

当校の建物は榛名山のふもとを走る406号線から一本山側へ入ったところに建設されました。周辺は幹線道路を外れると田畑が広がっており、ほど近くに清流・烏川が流れています。自然の優しさにあふれたノスタルジックな風景のなか、かつては子供たちが学び舎への道を辿っていたことでしょう。美しい学び舎に興味を持たれた方は、一度この地を訪れて、在りし日に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

(2022年1月執筆)

 

倉渕東小学校

懐かしい記憶が呼び起こされる方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 

倉渕東小学校

当校の歴史と伝統は永遠に語り継がれることでしょう。

PHOTO: 廃校5000  様

 

 

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