愛媛県立小松高等学校 閉校

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統合・再編を迎える小松高校

2026年、愛媛県立小松高等学校(愛媛県西条市小松町新屋敷乙42-1)は他校と統合・再編されました。1907年に小松町立実用女学校として開校したことが、同校の創立の起源です。その後、戦後の学制改革や学校統合を経て、1949年には現在の校名となり、地域に根ざした教育を続けてきました。119年にわたりこの地区を見守り続けてきた同校ですが、2026年、丹原高校の普通科課程と統合され、現在の校舎の地に情報科学科が新設された「(新)小松高校」が開校するほか、ライフデザイン科課程は東予高校などと統合され、「愛媛県立東予総合高等学校」として新たにスタートします。


石鎚山麓に広がる、自慢の学び舎

同校は、西日本最高峰・石鎚山のふもと、養正ヶ丘の高台に位置し、愛媛県の高校で一番広い敷地と、丘の地形を活かした3つのグラウンドが自慢です。普通科に加え、家庭科である「ライフデザイン科」を設置し、独自のカリキュラムや行事を展開するなど、個性豊かな学校として地域に親しまれてきました。周辺は道前平野や瀬戸内海を一望でき、空気が澄んでいる日には遠くしまなみ海道の橋も見渡せる自然豊かな環境にあります。


女子教育と藩校の伝統を受け継ぐ

小松町は「近代愛媛女子教育発祥の地」として紹介されることもあります。明治期には、小松藩の藩校「養正館」で教えを受けた人々によって「養正舎」や「小松私学校養正館」などの学校が地域に設立されました。「小松私学校養正館」の設立にも関わった一柳春二が初代校長を務め、こうした地域の教育の伝統を受け継ぐかたちで誕生した学校です。その根底には、小松藩の藩校「養正館」の存在があります。養正館は1802年に学問所「培達校」として開かれ、翌年に「養正館」と名付けられました。近藤篤山を招いて開かれたこの藩校は、武士に限らず、農家や商家の者であっても入校を認めるという、当時としては画期的な教育方針を採っていました。現在も小松高校はその進取の学風を受け継いでおり、校歌の中で「養正」と歌い、同窓会組織も「養正会」と命名されるなど、生徒たちは地域が培ってきた歴史との絆を育んでいます。

(2026年7月改筆)

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