愛媛県庁本館
- 建物・施設
歴代庁舎の変遷と誕生の背景
愛媛県庁の歴史は、1873年(明治6年)2月に石鉄県と神山県が統合され愛媛県が設置されたことに始まります。翌月に開庁された初代庁舎は、松山城三の丸の旧松山藩陣屋跡に建てられた簡素な竹矢来の平屋建てでした。その後、1877年(明治10年)2月の西南の役に伴い三の丸が兵営地として接収されたため立ち退きとなり、同年6月に現在地である旧松山藩家老奥平家の屋敷跡を取得しました。翌年11月に木造平屋建ての2代目庁舎が完成し、事務量増大に伴い1909年(明治42年)6月には木造2階建て洋風建築の3代目庁舎へと建て替えられました。大正末期に老朽化が進んだことから建替えが決定し、1927年(昭和2年)11月に着工されました。当時の県の年間予算約65万円を大幅に上回る約102万円(現在換算で約100億から120億円)の総工費が投じられ、1929年(昭和4年)2月に竣工しました。同年4月の落成式典では旧本館階上からの餅まきや宇和島青年団による八ツ鹿踊りが催され、一般公開も連日大勢の人出を記録しました。
名匠たちが紡いだ意匠美と構造技術
愛媛県庁本館の意匠設計を手掛けたのは、旧久松家別邸「萬翠荘」や旧松山高商本館などを手掛けた建築家・木子 七郎氏です。構造計算は東京タワーなどで知られる構造家・内藤 多仲氏が担当し、施工は安藤建設(現・安藤ハザマ)が担いました。本館は鉄筋コンクリート造4階建て(陸屋根・塔屋付)で、延床面積は8,414平方メートルに及びます。頂部にそびえる銅板葺きの緑色ドームと、左右対称に翼を広げたH形平面が大きな特徴です。外壁は1階から2階部分にかけて愛媛県今治市産の大島石による割りこぶ出し仕上げが施され、上部は人造擬石塗り出し仕上げとなっています。正面車寄上部の壁面には「廳縣媛愛」の旧字体表記が刻まれています。内部の正面玄関ロビーや中央階段には大島産花崗岩と白黒の大理石による床が広がり、創建時の木製電話ボックスや初期型エレベーターの枠組みが残されています。3階貴賓室には電気式暖炉や新田ベニヤ製造所製のベニヤ板(合板)が用いられ、4階正庁には柱頭彫刻や鷲のレリーフが配されています。
激動の歴史と現役庁舎としての歩み
愛媛県庁本館は、大阪府庁舎本館(1926年/大正15年竣工)、神奈川県庁本庁舎(1928年/昭和3年竣工)に次ぎ、現役の都道府県庁舎本館として全国で3番目に古い歴史を誇ります。太平洋戦争の激化に伴い、空襲の標的となるのを防ぐため本館全体に迷彩塗装が施された歴史を持ちます。戦後の1966年(昭和41年)には、愛媛県で開催された第17回全国植樹祭に合わせて昭和天皇・香淳皇后が行幸啓されました。その後、1994年(平成6年)に洗い出し工法による大規模修繕が行われ、2001年(平成13年)の芸予地震では本館建物に一部損壊が発生しました。近年に至っても現役庁舎としての機能を維持するため、エレベーター更新やトイレ改修、空調配管更新、照明LED化、受変電設備更新や緊急外壁修繕などが継続して実施されています。2024年(令和6年)9月には1階廊下天井の一部剥離が確認されましたが、全館の打診調査と補修が迅速に行われました。
文化財登録と未来へ向けた耐震改修計画
愛媛県庁本館は、建築から90年以上を経た2021年(令和3年)2月に国の登録有形文化財に登録されました。現在は将来的な国指定重要文化財への昇格を目指しています。事前の耐震診断において構造耐震指標(Is値)が目標値の0.7を下回っていることが判明したため、愛媛県庁本館調査委員会による提言を踏まえ、歴史的意匠を保持したまま安全性を高める免震工法(レトロフィット工法)の採用が決定されました。この長寿命化計画では、免震化工事に加えて外壁の修繕や洗浄、屋上防水シートの改修、配管設備の更新とともに、創建時のドーム会議室天井意匠の復原も盛り込まれています。2025年度(令和7年度)以降に設計準備が進められ、約6年の歳月をかけて工事が行われる見通しです。昭和初期の技術と美意識を結集した本館は、文化遺産としての価値を守りながら未来へと継承されます。
PHOTO:写真AC
(2026年11月執筆)







