須玉町立東北小学校 閉校
- 文化・教育施設
山梨県北杜市、秩父多摩甲斐国立公園の豊かな自然に抱かれた須玉町小尾(おび)。かつてここに、地域の学び舎として愛された須玉町立東北小学校がありました。同校の歴史は、昭和38年(1963)にさかのぼります。当時、小尾地区にあった旧増富小学校と同校和田分校が統合され、和田地区に新たな学校として開校したのが始まりです。
山間部の集落において、同校は単なる教育機関にとどまらず、地域コミュニティの核としての役割を担いました。児童たちは、瑞牆山(みずがきやま)や金峰山といった名峰の麓で、四季折々の自然と深く関わりながら成長しました。地域の大人たちに見守られ、山村特有の風習や文化を肌で感じる中で育まれた絆は、何物にも代えがたい「ふるさとの記憶」として刻まれています。しかし、時代の変化とともに大きな転機が訪れます。塩川ダムの建設です。ダム建設によって近隣の須玉町立北小学校の学区が水没等の影響を受けることとなり、教育環境の再編が必要となりました。これに伴い、昭和63年(1988)3月、東北小学校は北小学校と統合する形で閉校することとなりました。わずか25年という期間ではありましたが、旧増富小の伝統を受け継ぎ、新設された増富小学校(2代目)へとバトンをつなぐ重要な役割を果たしたのです。
閉校後も鉄筋の校舎は取り壊されることなく残り、現在は民間の教育施設である自然学園高等学校のキャンパスとして活用されるなど、形を変えて学びの場であり続けています。
地域教育の灯を守り続けた運営関係者の皆様に深く敬意を表します。卒業生や教職員の皆様、かつて校庭に響いたチャイムの音や、友と駆け回った懐かしい日々を、いま一度思い出してみてはいかがでしょうか。
(2026年2月改筆)

確かにここに学び舎が存在した。その証です。

地域の学び舎を守り抜いた先人達の強い想いを引き継ぎたいものです。
PHOTO: 廃校5000 様







