旧井上家住宅西洋館
- 文化・教育施設
愛知県豊田市の豊田市民芸館の一角に佇む「旧井上家住宅西洋館」は、明治期の洋風建築の優美さを今に伝える貴重な遺産です。その起源は古く、明治10年代(1877-1886頃)に名古屋で開催された博覧会の迎賓館として竣工し、その後は関戸銀行の店舗として利用された歴史を持ちます。
昭和3年(1928)、猿投地域の開発に尽力した井上徳三郎の手により、現在の豊田市井上町にある井上農場へ移築されました。農場の迎賓館として「瑞雲閣」と名付けられたこの建物は、同年11月の陸軍大演習の際には昭和天皇の勅使を迎える栄誉に浴し、東郷平八郎元帥の書も飾られるなど、地域の近代史における重要な舞台となりました。建築的な見どころの一つに、窓枠にあしらわれた「カブ」の形の装飾があります。これは銀行時代に「株(カブ)が上がる」という縁起を担いで施されたものと伝わり、当時の人々の粋な願いを感じさせる興味深いエピソードです。
昭和後期には老朽化により解体も検討されましたが、調査によって歴史的価値が見出され、平成元年(1989)に現在の場所へ移築・復元されました。その文化財的価値は高く評価されており、平成12年(2000)には国の登録有形文化財に登録されています。
幾多の変遷を経て、この美しい洋館を後世へと守り継がれた運営管理主および関係者の皆様の熱意と尽力に、深く敬意が表されます。明治の気品と昭和の記憶を宿すこの場所へ、歴史ファンの皆様もぜひ足を運び、往時の物語に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
(2026年2月執筆)







