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旧本多忠次邸

  • 文化・教育施設

徳川四天王の一人、本多忠勝を始祖とする旧岡崎藩主本多家の末裔、本多忠次。彼が自ら基本設計に携わり、1932年に東京・世田谷に建設した邸宅が「旧本多忠次邸」です。

スパニッシュ様式を基調としつつ、玄関アーチなどにチューダー様式を取り入れたその外観は、昭和初期の邸宅建築の美意識を今に伝えています。内部は洋風の生活様式を基本としながらも和室を巧みに組み込んだ和洋折衷の構成で、個人のプライバシーを重視した近代的な間取りの先駆けとして、建築学的にも高い評価を受けています。ステンドグラスやモザイクタイルなど、細部の意匠にも当時の粋が凝らされています。

本邸宅は2000年に一度解体されましたが、本多家の由緒ある地である愛知県岡崎市によって部材が保管され、2012年に現在の東公園内に移築・復原されました。その歴史的価値が公に認められ、2014年には国の登録有形文化財に登録されています。

貴重な近代建築の保存と活用に尽力される岡崎市および運営管理者の皆様には、深く敬意が表されます。当時の華族の暮らしと美意識を体感できるこの麗しき洋館へ、歴史ファンの皆様もぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。

(2025年12月執筆)

PHOTO:写真AC

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