石井閘門
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明治の息吹を伝える野蒜築港の遺産「石井閘門」
明治新政府が掲げた東北開発の壮大な夢、その象徴である「野蒜築港」プロジェクトの一環として誕生したのが石井閘門です。明治9年(1876)の明治天皇による東北巡幸に先立ち、内務卿・大久保利通らが現地を視察したことでこの地は物流拠点としての命運を授かりました。設計を担ったのはオランダ人技師ファン・ドールンで、明治11年(1878)10月に着工すると、わずか2年足らずの明治13年(1880)7月には竣工という驚異的な速さで完成を迎えました。名称は当時の内務省土木局長、石井省一郎の功績を称えて命名されています。西洋の最新技術が日本の近代土木の礎となった、まさに国家の威信を懸けた構造物でした。
技と情熱が交錯する赤レンガの芸術
日本初の西洋式「有堰造(閘門式)」施設であるこの閘門は、地元石巻産の「井内石」と赤レンガが見事に融合した重厚な佇まいを見せています。特に閘頭部などに施された「イギリス十字積み(オランダ積み)」は、どこから見ても十字模様が浮かび上がる希少な技法で、当時の職人のこだわりが凝縮されています。かつては2名の操作員がわずか5分ほどで巨大な木製門扉を操り、米や酒、石油といった生活物資を積んだ船を次々と送り出していました。川面には高瀬船や蒸気船が往来し、近代化へと向かう活気あふれる時代の鼓動が、その堅牢な石積みの合間に今も息づいているようです。
荒波を越えて現代に繋ぐ強靭な魂
物流の主役が鉄道へと移り変わる中で野蒜築港計画は「幻」となりましたが、石井閘門はその後も歴史の荒波を耐え抜いてきました。昭和41年(1966)には門扉が鋼鉄製へと更新されましたが、往時の手動開閉の仕組みは大切に継承されています。平成14年(2002)5月23日には、日本最古のレンガ石造り閘門として国の重要文化財に指定されました。平成23年(2011)3月11日の東日本大震災では震度6強の激震と津波に見舞われ、地盤沈下などの被害を受けましたが、明治以来のレンガ構造自体は崩壊を免れ、その驚異的な耐久性を世界に証明したのです。
復興のシンボルとして刻む新たな時間
震災後の修復工事では「被災前の姿」への復元が徹底され、新しく補充されたレンガには「2013」の刻印が刻まれるなど、歴史の断絶を許さない意志が込められました。かつて厳しい規律の中で水門を守った開閉人たちの精神は、今や地域の人々による桜の植樹活動など、未来への希望へと形を変えています。140年以上の時を超え、風雪に耐えながら北上運河を見守り続けるこの閘門は、先人たちの知恵と不屈の精神を伝える生きた教科書です。私たちはこの美しい赤レンガの遺産を、復興の歩みと共に誇りを持って次世代へと語り継いでいかなければなりません。
(2026年2月執筆)
PHOTO:PIXTA







