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七重川砂防堰堤群

  • 建物・施設

埼玉県初の砂防指定地と近代砂防の幕開け

埼玉県比企郡ときがわ町を流れる急峻な七重川は、かつて大雨のたびに激しい土砂流出を引き起こす暴れ川でした。転機となったのは、県内に壊滅的な被害をもたらした明治43年(1910)8月1日の大台風です。この未曾有の災害を教訓に、大正4年(1915)12月14日、七重川は秩父の栗尾沢とともに県内初の砂防指定地となりました。翌大正5年(1916)には大椚砂防工営所が設置され、厳しい冬の寒さの中で近代砂防工事が始まります。大正6年(1917)から大正14年(1925)にかけ、現地の硬いチャート岩を生かした石積みの堰堤や護岸工が次々と築かれ、地域の安全を支える全盛期の姿が形作られていきました。


職人技と村人の絆が紡いだ「百段の滝」

この難工事を支えたのは、岐阜県から招かれた熟練の石工職人たちでした。石の重心を見極めて噛み合わせる高度な技が地元の人々に伝授され、重機のない時代に130キログラムを超える巨石を協力して運び上げる過酷な労働が繰り広げられました。大人の男たちが力を合わせて築き上げた堰堤群は、美しい白い飛沫を上げる姿から「百段の滝」と親しまれ、地域に深く愛されてきたのです。


時代の荒波を乗り越える百年の遺産

昭和22年(1947)9月14日のカスリーン台風では見事に下流の集落を守り抜き、その高い防災効果を実証しました。平成19年(2007)には選奨土木遺産に認定され、令和元年(2019)10月の台風19号による被災を乗り越えながら、時代に合わせた改修が続けられています。平成8年(1996)に建立された記念碑とともに、その歩みは今もなお大切に受け継がれています。


自然と共生する「しなやかな知恵」を未来へ

コンクリートで自然をねじ伏せるのではなく、現地の石を組み合わせて激流を優しくいなす「しなやかなインフラ」の思想は、100年の時を超えた今も色褪せません。過酷な自然に立ち向かい、この礎を築いた先人たちの熱意と職人技には深い敬意を覚えます。持続可能な防災のあり方を静かに語りかけるこの貴重な遺産が、これからも人々の記憶に残り続け、未来へと末永く守り伝えられることが願われます。

(2026年5月執筆)

PHOTO:PIXTA

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