Final 1974年3月31日 記事津具村立上津具小学校 閉校のイメージ画像 History 102年

津具村立上津具小学校 閉校

  • 文化・教育施設

伝統の灯をともした山間の学び舎

明治5年(1872年)8月、愛知県北設楽郡の上津具村にある金龍寺の境内にて、津具郷学校として産声を上げたのがのちの上津具小学校です。明治6年(1873年)11月に正式な小学校として設立されて以降、安養寺への移転や分教場の開設を経て、明治30年(1897年)10月には児童数の増加に伴い中大名地に独立校舎が新築されました。大正9年(1920年)頃には児童数が279名に達し、大正13年(1924年)には校舎の増改築が行われるなど、山間の村における教育の拠点として輝かしい全盛期を築きました。戦国時代の金山発見や江戸時代の天領としての誇り、三州街道の宿場町としての賑わいを背景に、地域の学びの灯をともし続けました。

激動の時代を駆け抜けた子どもたちの記憶

学校の歴史は、子どもたちの生き生きとした足跡とともにありました。大正時代には4泊5日で行く伊勢神宮への修学旅行が、外の世界を知る大冒険として胸を躍らせました。戦争により昭和15年(1940年)を最後に一時中断され、校庭が畑に変わるなどの試練も経験しましたが、戦後は名古屋への修学旅行が復活します。昭和27年(1952年)に落成した講堂は、村の希望の象徴として長く愛され続けました。

閉校と今なお面影を残す木造講堂

地域の過疎化に伴い、昭和49年(1974年)3月31日、下津具小学校との統合を理由に学校はその長い歴史に静かに幕を下ろしました。閉校後、木造の温もりが残る講堂だけが現地に残され、その他の校舎跡地はスポーツ広場へと生まれ変わっています。平成26年(2014年)5月27日には、ノスタルジックに佇む講堂の姿が写真に記録されるなど、かつての学び舎の記憶は今も地域に息づいています。

受け継がれる教育の精神と未来への祈り

かつて宿場町として栄えた地で、多くの子どもたちを育んできた学び舎の功績は色あせることはありません。時代の変化とともに地域の風景は移り変わりますが、ここで培われた教育の精神は今も人々の胸に刻まれています。学校を支え続けたすべての方々に深い敬意を表するとともに、懐かしい講堂の佇まいと人々の温かい記憶が、次の世代へと末永く受け継がれていくことが心より願われます。

(2024年12月執筆)

長年に渡り、地域の子供達をお守り頂きありがとうございます。

 

確かにここに学び舎が存在した。その証です。

PHOTO: 廃校5000  様

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