土合駅構内土合斜坑
- 建物・施設
地底に挑んだ日本の技術と「モグラ駅」の誕生
昭和6年(1931)の単線開通時、険しい谷川岳を越えるために建設された清水トンネルと2つのループ線は、当時の山岳鉄道における技術の限界を示すものでした。その後、昭和38年(1963)9月には急増する需要に応えるため、全長約13.5kmの新清水トンネルの掘削工事が始まります。昭和42年(1967)9月28日、待望の下り線が開業したことで、地下深くのホームが誕生し「日本一のモグラ駅」としての歴史が幕を開けました。かつては昭和11年(1936)に正式な駅へ昇格して以来、首都圏と新潟を結ぶ鉄路において、トンネルを越える直前の要の設備として機能し、やがてスキー客や登山客の利用で賑わいを見せていました。
猛威に挑んだ労働者とたくましき登山者たち
新清水トンネルの掘削は困難を極め、昭和39年(1964)には温泉の湧出による過酷な熱気や、斜坑が約50mも水没する大湧水など、自然の猛威が作業員を苦しめました。一方で当駅は、登山口が標高800mに位置する谷川岳への玄関口として登山客に愛されてきました。彼らの間では、地下ホームから地上へ続く大階段の462段と連絡通路24段の合計486段さえ「朝飯前の準備運動」と笑い飛ばし、この程度の誤差に文句を言う者は門前払いだというたくましい文化が語り継がれています。現在も旧事務室の「きっぷうりば」窓口が保存され、往時の雰囲気を伝えています。
時代の変遷と現代に息づく新たな魅力
上越新幹線の開業にともない列車本数は激減し、かつて下りホームにあった待避線は不要となって埋め立てられました。現在、普通列車は1日わずか5本となり、真夏でもひんやりとした冷気が漂う地下約80mのホームには秘境の風情が漂います。しかし、令和2年(2020)には無人の駅舎事務室を改装したカフェ「駅茶mogura」がオープンし、新たな息吹が吹き込まれました。かつてエスカレーター設置を予定していた階段脇のスペースなど、独特の構造美は今も人々を魅了しています。
歴史を今に伝える土木遺産への敬意
元々はトンネル掘削時の資材運搬用だった通路を転用したこの巨大な斜坑は、合計486段の階段とともに、日本の土木技術の粋を集めた記念碑と言えます。その歴史的価値が認められ、現在は「JR上越線清水トンネル関連施設群」として土木学会選奨土木遺産に認定されています。過酷な大自然に挑み、この壮大な地底空間を築き上げた先人たちの情熱と功績に深い敬意を表するとともに、この唯一無二の駅が、これからも多くの旅人の記憶に刻まれ続けることが願われます。
(2026年5月執筆)
PHOTO:PIXTA







