記事水戸市水道低区配水塔のイメージ画像

水戸市水道低区配水塔

  • 建物・施設

近代水道への渇望と気品あふれる双子塔の誕生

寛文3年(1663)に徳川光圀の命で開かれた笠原水道は長く街を潤しましたが、明治22年(1889)の市制施行後は水不足や火災に悩まされ、近代水道の誕生が切望されました。大正14年(1925)に全市水道調査臨時委員会が設けられるなど事業が動き出し、昭和5年(1930)に全市的な建設が始まります。水戸特有の高低差に対応するため2系統の施設が計画され、腕利きの技師・後藤鶴松氏の設計により、昭和7年(1932)に高さ21.6メートルの「水戸市水道低区配水塔」が完成しました。単なる給水施設にとどまらず、火災から街を守る象徴として、また美しい観光名所として当時の人々に近代化の息吹を伝えました。


技師の情熱と市民に愛されたメルヘンの塔

この美しい塔の建設には、温かな人間のドラマが隠されています。ある主任技師様は、生まれた子供に、塔への深い情熱を込めて、塔にちなんだ名前をつけました。おとぎ話のカップケーキのような愛らしい外観や、水戸の梅をあしらったエンブレムには、市民に美しい水を届けたいという願いが満ちており、建設直後からその優美な姿が評判となり、水戸市の新名所として人々を魅了しました。


激動の時代を乗り越え未来へ繋ぐ遺産

昭和20年(1945)の大空襲を奇跡的に免れた塔は、平成11年(1999)に67年間の配水役を終えました。しかし、平成8年(1996)12月20日の国登録有形文化財指定などを経て、現在は水圧調整施設として今なお現役で保存されています。令和7年(2025)8月には幻想的な夜間ライトアップも実施されるなど、具体的な歴史を刻みながら、その美しい姿を現代に伝えています。


人々の暮らしを見守り続ける気高きランドマーク

現在は綺麗に整備された公園の中で、子供たちの明るい笑い声に包まれている配水塔。かつて命の水を求め、街の発展に全力を注いだ先人たちの情熱と、それを受け継いできた地域の方々の深い愛着には敬意を禁じ得ません。水戸の街を静かに見守ってきたこのメルヘンチックな近代化の象徴が、これからも市民の憩いの場として、また誇り高き歴史の証人として、末永く未来へ受け継がれることが願われます。

(2026年5月執筆)

PHOTO:PIXTA

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