須花トンネル
- 建物・施設
険しき峠を穿った希望の素掘り隧道
栃木県佐野市と足利市を隔てる険しい須花峠には、物資輸送の効率化を目指して明治14年(1881)に開通への歩みを始めた「須花トンネル(明治トンネル)」が存在します。当時、両地域を往来するには険路を越える必要があり、人々の移動は困難を極めていました。工事は硬い岩盤に阻まれて難航し、当初の予定を大幅に超過しましたが、明治22年(1889)に全長117メートルの素掘りトンネルとしてついに貫通しました。明治25年(1892)には木枠や排水溝も整備され、荷物を満載した大八車が頻繁に行き交う活気あふれる交易の要所として、地域の経済や暮らしを長く支え続けました。
家財と人生を懸けてツルハシを振るった男
この過酷な開削工事を支えたのは、発起人である田島茂平の強い執念でした。資金が底を突き、労働者たちが次々と去っていく中、彼は家財を投げ打ち、単身になっても暗闇の岩壁に向かい続けました。あまりの没頭ぶりに妻が家を出ていくという悲劇に見舞われながらも、決して諦めなかった不屈の精神は、現代でも地元の歴史マンガに描かれ、子供たちへ大切に語り継がれています。
時代を映す三つの隧道と土木遺産としての今
大正6年(1917)にはレンガ造りの大正トンネルが、昭和55年(1980)にはコンクリート造りの昭和トンネルが隣接して誕生しました。異なる時代の工法が並ぶ貴重な景観から、平成21年(2009)には選奨土木遺産に認定されています。現在は崩落の危険があるため立ち入りは禁止され、ひっそりと柵に守られていますが、むき出しの岩肌には当時の生々しいツルハシの跡が刻まれています。
魂の痕跡を未来へと語り継ぐために
周囲の豊かな自然や歴史ある庚申塔群に囲まれながら、明治トンネルは今も静かに佇んでいます。重機のない時代に、ただ人々の豊かな暮らしを願って手仕事で岩盤を穿った先人たちの偉大な功績には、深い敬意を禁じ得ません。人間の底力と希望の象徴であるこの歴史的遺産が、これからも地域の誇りとして、人々の記憶の中に末永く残り続けることが心から願われます。
(2025年6月執筆)
PHOTO:PIXTA







