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天城山隧道

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伊豆の歴史を繋ぐ石造りの隧道

明治33年(1900年)に着工された天城山隧道(旧天城トンネル)は、かつて幕末にタウンゼント・ハリスや吉田松陰が喘ぎながら越えた急峻な「二本杉峠」に代わる交通の要衝として誕生しました。標高約710メートルの過酷な環境下での掘削工事は難航し、12名もの尊い犠牲を伴いながらも明治37年(1904年)に竣工しました。翌明治38年(1905年)に開通した全長約445メートルのこの隧道は、日本の石造道路トンネルとして最大の長さを誇ります。大正5年(1916年)には乗合バスの運行が始まり、徒歩や馬車で何日も要した大仁から下田までの道のりが約3時間で結ばれるなど、物流や暮らしに劇的な変化をもたらしました。

 

文学と職人技が織りなす情景

川端康成の『伊豆の踊子』や松本清張の『天城越え』など、数多くの名作の舞台となったこの隧道周辺は、豊かな情緒が今も息づいています。トンネルの内部は堅牢な「吉田石」を伝統的な「石巻」工法で組み上げており、職人が手作業で仕上げた美しいアーチや重厚な側壁が独特の陰影を醸し出しています。また、明治22年(1889年)に高遠の石工たちが建立した「南無地蔵大菩薩」の石碑が、かつて「水生地」の氷室から氷を運んだ旅人たちの安全を見守ってきました。現在も秋の「天城路もみじまつり」では提灯を手にした人々で賑わい、当時の温かな風習を伝えています。

 

時代の変遷と受け継がれる自然

昭和45年(1970年)に近代的な「新天城トンネル」が完成したことで、旧トンネルは主役の座を退き、自動車の喧騒から離れた歴史の道へと生まれ変わりました。その後、昭和61年(1986年)8月に「日本の道100選」に選定され、平成13年(2001年)6月には道路トンネルとして全国で初めて国の重要文化財に指定されています。周辺の「踊子歩道」では、今も絶滅危惧種のミゾゴイやハコネサンショウウオといった豊かな生態系が保たれており、青々としたワサビ田や幻想的な霧に包まれる杉林が、訪れる人々に美しい四季の表情を見せています。

 

先人の遺産を未来へ繋ぐ願い

過酷な時代を乗り越えて築かれ、100年以上が経過した現在もなお堅牢な姿を留める天城山隧道は、近代化の歴史を語り継ぐ極めて貴重な文化遺産です。小説に描かれた白く霞む杉林の情景や、職人たちの高い技術力と信仰心が宿るこの歴史的空間が、今後も美しい自然環境とともに損なわれることなく、後世へと大切に守り伝えられますことが心より願われます。

(2023年7月執筆)

PHOTO:写真AC

映画「伊豆の踊子」。川端康成原作の秀作です。当地はゆかりの地です。

伊豆の踊子

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