田辺市立二川小学校 閉校
- 文化・教育施設
山あいの学び舎が歩んだ百三十余年の軌跡
明治10年(1877)8月、緑豊かな高原地区にある栖雲寺の一角を借り、「高原小学校」としてその歩みを始めたのが、のちの田辺市立二川小学校です。静かな山村に響き渡る子どもたちの声は、当時の地域にとって大きな希望の光でした。昭和9年(1934)には現在の川合地区へと校舎を移し、昭和46年(1971)から昭和49年(1974)にかけては近隣の中川小学校や内井川小学校、芦尾小学校、さらには兵生分校との統合を重ね、地域の教育拠点として着実にその役割を広げていきました。昭和58年(1983)から昭和59年(1984)に建立された3階建ての近代的な鉄筋コンクリート校舎は、のどかな風景の中で凛とした存在感を放ち、累計4,000人を超える卒業生を慈しみ育んできたのです。
緑の芝生に刻まれた地域住民との絆
閉校が迫る平成22年(2010)、学校と地域が一体となった象徴的な出来事がありました。運動場の芝生化プロジェクトです。児童や住民ら約100名が、雨の中で泥にまみれながら2万個もの苗を一つずつ手作業で植え付けました。その年の秋、青々と育った柔らかな芝生の上を、子どもたちが裸足で弾けるように駆け回った運動会の光景は、今も多くの人々の心に温かな共同体の記憶として深く刻まれています。
廃校から「うつほの杜学園」としての再生
少子化の波に抗えず、平成25年(2013)3月に惜しまれつつ閉校した後は、住民による活用模索が長く続きました。転機となったのは令和4年(2022)6月、探究型小中学校の新設提案がなされたことです。地域一丸となった誘致活動や寄付集めを経て、令和7年(2025)4月、私立「うつほの杜学園小学校」として待望の再スタートを切りました。令和11年(2029)には中学校の併設も予定され、校舎には再び国際色豊かな活気が戻っています。
熊野の森に響く新しい時代への足音
一度は静まり返った校舎が、地域と世界を繋ぐ教育の場として蘇ったのは、母校の灯を消したくないと願った住民や卒業生たちの情熱があったからこそです。伝統ある旧二川小学校の歴史を受け継ぎつつ、先進的な学び舎へと進化したこの地は、これからも新たな人の流れを生み出し続けるでしょう。歴史を繋いだすべての方々に敬意を表し、この美しい聖地が次世代の夢を育む場所であり続けることを願って止みません。
(2026年3月執筆)

懐かしい記憶が蘇るという方もいらっしゃるのではないでしょうか。

確かにここに学び舎が存在した。その証です。
PHOTO: 廃校5000 様







