狛江市立狛江第四小学校 閉校
- 文化・教育施設
巨大団地の誕生とともに歩んだ学び舎の黎明
昭和41年(1966)8月、多摩川沿いに巨大な多摩川住宅が建設されるなか、狛江市立狛江第四小学校は新しい街の象徴として産声を上げました。当時の狛江市は人口が急増していた熱狂の時代であり、真新しいランドセルを背負った子どもたちが活気に満ちた通学路を埋め尽くしました。多摩川と野川に抱かれた14,174平方メートルの広大な敷地は、川を渡る風や四季折々の自然を肌で感じられる素晴らしい環境にありました。高度経済成長期の希望を象徴するように、この学び舎には常に子どもたちの歓声と、新しい地域コミュニティを築こうとする人々の熱い期待が溢れていたのです。
桜並木と地域を守り続けた記憶の宝箱
校門の東側を彩る桜並木は、長年、子どもたちの門出を優しく見守ってきました。閉校後も体育館やグラウンドは地域の交流拠点として愛され、令和元年(2019)の東日本台風の際には被災地の復旧を支える砦の役割も果たしました。また、役目を終えた教室には市内の歴史を語る約2,000点の民具や約1,500箱に及ぶ出土遺物など「数千点」の歴史資料が保管されており、この学び舎は地域の歩みを大切に守り続けてきた、まさに「記憶の宝箱」と呼べる貴重な存在だったのです。
時代の変遷と未来へ繋ぐ新たな再生の足音
平成13年(2001)3月、少子化の波により35年の歴史に幕を閉じ、狛江第八小学校と統合されました。統合後は「和泉小学校」として、新たな歴史の歩みが始まっています。旧校舎の解体工事については、最新の計画案により令和9年(2027)度から令和10年(2028)度にかけて実施される予定へと変更されました。跡地には待望の屋内プールを備えた複合施設が建設される計画で、再び多世代の交流と明るい笑顔が戻ってくる日が、地域全体で静かに待ち望まれています。
刻まれた歴史への敬意と受け継がれる感謝の念
狛江第四小学校が刻んだ35年の月日と、閉校後も地域を支え続けた歳月は、私たちの心に深く刻まれています。校舎は姿を消しますが、学び舎を愛した皆様の想いは、新しく誕生する交流の場へと形を変えて引き継がれていくはずです。足元の土深くに眠る古代の集落跡という悠久の記憶から未来の希望まで、この地はこれからも人々の営みを優しく見守り続けることでしょう。素晴らしい思い出をくれた学び舎に、心からの敬意と感謝を捧げます。
(2026年4月執筆)

懐かしい景色だ、という方も多いのではないでしょうか。

夏には生徒の歓声につつまれたことでしょう。

長い間本当にお疲れ様でした。
PHOTO:roger様







