旧松山家住宅松濤館
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兵庫県芦屋市に静かに佇む旧松山家住宅松濤館は、もともと明治時代中期から後期にかけて大阪市内で銀行として建設された建築物です。ルネサンス期のイタリア宮殿を思わせる、花崗岩を積み上げた重厚な意匠が特徴です。1930年、金庫や仏具を商っていた実業家の松山與兵衛氏がこの建物を現在地に移し、自身の仏教美術コレクションを収める私設の収蔵庫「松濤館」として新たな命を吹き込みました。
戦後、この建物は公共の財産として新たな歴史を歩み始めます。1952年に芦屋市が取得し、改修を経て1954年からは芦屋市立図書館の本館として開館しました。以来、長きにわたり市民の知の拠点として親しまれ、阪神間モダニズム文化を象徴する地域のランドマークとしての地位を確立しました。
また、この図書館は作家・村上春樹氏が少年時代に足繁く通った場所としても知られています。氏のデビュー作『風の歌を聴け』には、当時図書館の前にあった公園の風景が描かれており、創作の原風景に触れられる貴重な場所です。こうした歴史的背景と建築的価値が高く評価され、2009年には国の登録有形文化財に登録されました。
現在、建物は芦屋市立図書館打出分室として活用され、その歴史を静かに語り継いでいます。時代を超えてこの文化遺産を保存し、市民の財産として活用し続ける芦屋市の取り組みには深く敬意が表されます。建物の持つ歴史の重みや、文学作品に刻まれた記憶の断片に触れるため、ぜひ一度この地を訪れてみてはいかがでしょうか。
(2025年10月執筆)