高松市水道資料館
- 文化・教育施設
城下町の渇きを癒した近代水道の夜明け
高松市の水事情は、正保元年(1644)に初代藩主・松平頼重公が木樋を用いた水道を整備したことに始まります。しかし明治時代に入っても衛生面での課題は多く、市民は常に清浄な水を求めていました。明治30年(1897)に英国人技師バルトンの調査が始まると、明治44年(1911)には香東川の伏流水を水源とする壮大な計画が策定されます。第一次世界大戦による資材不足という苦難を乗り越え、大正10年(1921)9月1日、ついに全国で40番目となる近代水道が産声を上げました。当時としては最新鋭の取水・送水システムは、長年水不足に悩まされた人々の暮らしを劇的に変える歴史的な転換点となったのです。
大正ロマンの薫りと職人たちが守り抜いた鼓動
かつての喞筒場(ポンプ室)では、創建当初は職人が手作業で調合した灰色のペンキが一面に施されており、和洋折衷の美しい建築が人々の目を引きました。地下の薄暗い空間には力強いポンプが並び、職員たちは昭和61年(1986)まで宿直室に寝泊まりしながら、昼夜を問わず市民の喉を潤すために設備を見守り続けました。記念の絵葉書が配られた祝賀会の賑わいや、施設の随所に宿る繊細な職人技の数々は、遺された記録や建物そのものから当時の息遣いを鮮明に伝えています。
役割を変え文化遺産として輝き続ける現在
昭和61年(1986)に現役を退いた旧水源地は、翌昭和62年(1987)6月6日に高松市水道資料館として再生しました。平成9年(1997)には木造ポンプ室などが国の登録有形文化財に登録され、平成28年(2016)には石積みの擁壁なども追加登録されました。平成26年(2014)には年間114組もの結婚式の前撮りが行われるなど、現在は大正ロマンを感じさせるレトロな風景が、若者たちを魅了する新しい文化の発信地、そして憩いの場となっています。
次の百年へ繋ぐ清らかな水の記憶
100年以上の時を経てもなお、歪みを見せない頑強な石垣や優美な洋館の姿は、先人たちの情熱と卓越した技術の賜物です。香東川の恵みを市民へ届け続けたこの場所は、単なる産業遺産ではなく、高松の発展を支えた重要な拠点といえるでしょう。私たちはこの美しい風景と歴史を大切に守り、未来の子供たちへと清らかな水の物語を語り継いでいく必要があります。この地に刻まれた偉大な足跡は、地域の貴重な歴史的財産として、これからも大切に後世へ引き継がれていくことでしょう。
(2026年4月執筆)

貴重な歴史を語る美しい建物です。
PHOTO:写真AC







