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尻屋埼灯台

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北の海の難所を照らす洋式灯台の夜明け

下北半島の北東端に位置する尻屋崎は、古くから濃霧と激しい潮流が渦巻く「難破岬」として船乗りたちに恐れられてきました。この海の難所を治めるべく、斗南藩の請願を受けて明治6年(1873)6月に建設が始まりました。設計は「日本灯台の父」と仰がれるイギリス人技師、リチャード・ヘンリー・ブラントンが手掛け、明治9年(1876)10月20日に東北初の洋式灯台として初点灯を迎えました。北海道の茂辺地村で焼かれた赤レンガを積み上げた灯塔は、高さ約33メートルを誇る日本一のレンガ造り建築です。過酷な自然に耐える二重構造の堅牢な造りは、当時の技術者たちの情熱を今に伝え、闇夜を照らす一筋の希望として誕生しました。


語り継がれる奇跡と殉職者の祈り

この灯台には、明治16年(1883)に宇宙から飛来した隕石が灯室のガラスを突き破ったという神秘的な記録が残っています。また、太平洋戦争末期の昭和20年(1945)には激しい攻撃を受け、職員が殉職する悲劇にも見舞われました。終戦直後、消灯していたはずの岬で不思議な光に導かれたという漁師たちの目撃談が相次ぎ、「亡き職員の霊が海を守っている」と噂されたエピソードは、今も人々の心に深く刻まれています。


重要文化財への歩みと事故ゼロの現在

時代の変遷とともに、平成29年(2017)に登録有形文化財、令和4年(2022)には国の重要文化財に指定されました。現在は例年4月上旬から11月下旬まで参観可能で、足元では天然記念物の「寒立馬」がのどかに草を食んでいます。海中の難所「大根」への対策も実を結び、平成9年(1997)に暗礁の上へ鋼管柱が設置されて以降、長年船乗りを苦しめてきた乗揚げ事故はついに皆無となりました。


悠久の時を刻む海の太陽への敬意

震災や戦禍を乗り越えて立ち続ける尻屋埼灯台の姿は、まさに北の海を見守る守護神そのものです。赤レンガの壁に刻まれた歴史は、かつて命がけでこの灯りを守り抜いた人々の魂を今に伝えています。力強く生きる寒立馬の情景とともに、この「海の太陽」がこれからも航路を照らし、未来へとその輝きを繋いでいくことを願って止みません。不屈の精神で立ち続ける巨塔に、深い敬意と感謝を捧げます。

(2026年4月執筆)

尻屋埼灯台

寒立馬が景色に彩りをそえます。

PHOTO:PIXTA

「日本の灯台の父」と称されるリチャード・ヘンリー・ブラントン。

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