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旧北炭幾春別炭鉱錦立坑櫓

  • 建物・施設

炭鉱の中枢に立つ鉄骨櫓 ― 旧北炭幾春別炭鉱錦立坑櫓の誕生

北海道内で2番目に長い操業の歴史を持つ北炭幾春別炭鉱は、1885年(明治18年)に操業を開始しました。1919年(大正8年)、採掘現場が深部へと移行するのに伴い、複数の出入口を集約する「錦立坑」の開削工事が始まり、経営にあたった北海道炭礦汽船株式会社は高圧送電線網の整備など動力近代化を進めていました。1920年(大正9年)12月、当時最先端の技術を結集した錦立坑櫓が竣工し、内径4.9メートル、深さ214メートルに及ぶ垂直の縦穴を支える施設として稼働を始めました。産出された原炭は錦坑坑口からトロッコで地上へ運ばれ、選炭場で選別されていましたが、炭層の傾斜が急で薄かったため増産が難しく、1953年(昭和28年)に採炭は中止されました。


赤レンガと鉄骨が語る、大正末期の技術と暮らし

高さ約10メートルの錦立坑櫓は、北海道内に現存する立坑櫓としては最も古い記録を持ち、鉄骨部材には「八幡製鉄所(SEITETSUSHO YAWATA)」の刻印が今も確認できます。地下の縦穴には赤レンガが同心円状に巻き上げられ、錦坑坑口の坑門もレンガ5枚巻の半円アーチ構造で築かれ、要石には「錦坑」の2文字が刻まれています。隣接する巻揚場や、1926年(大正15年)に建設された変電所は、鉄筋コンクリート製の支柱と赤レンガ壁を組み合わせた構造を持ち、レンガからコンクリートへ移行する大正末期の建築技術の過渡期を示しています。最盛期には周辺一帯に炭鉱住宅が立ち並び、幾春別森林鉄道(1938年〜1956年運行)の蒸気機関車の汽笛が集落に時を告げていました。


半世紀の眠りを経て光が当たった産業遺産

1953年の採炭中止後、周辺の森林鉄道も廃止され、賑わっていた町並みは徐々に姿を消しました。2013年(平成25年)10月、公益社団法人土木学会により、炭鉱施設としては全国で初めて選奨土木遺産(認定番号32)に選定され、立坑櫓・坑口・巻揚場・変電所が一体で現存する希少性が評価されました。2014年(平成26年)には周辺が「三笠ジオパーク」の野外博物館エリアに指定され、見学通路や解説看板が整備されています。この錦立坑櫓は文化庁の日本遺産「炭鉄港」(ストーリー番号068)の構成文化財としても位置づけられています。


炭鉱員たちの労働を今に伝える遺構

錦立坑櫓は現在、安全確保のため敷地内への立ち入りが制限され、敷地外からの見学に限られています。北海道炭礦汽船が1958年(昭和33年)に編纂した『七十年史』などの文献に、幾春別炭鉱が近代北海道の開拓で果たした役割が記録されており、赤レンガと鉄骨が組み合わさったこの遺構は、大正期の技術と炭鉱で働いた人々の記録を今に伝えています。

(2026年8月執筆)

在りし日の営みを感じ取ることができる施設です。

PHOTO:写真AC

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