金山町立中田小学校 閉校
- 文化・教育施設
丘の上から地域を見守り続けた138年の歴史
明治8年(1875)の創立以来、一世紀を超える長きにわたり、中田地区の教育の殿堂として歴史を刻んできたのが金山町立中田小学校です。かつては別の場所に学び舎があり、昭和51年(1976)の地図上でも旧来の場所に建っていたことが推測されますが、昭和61年(1986)11月には、現在の小高い丘の上に地域の期待を一身に背負った鉄筋コンクリート造り3階建ての堂々たる新校舎が落成し、集落を見下ろす存在となりました。延床面積1,996平方メートルを誇る堅牢な校舎と、子どもたちの歓声が響く広大な体育館は、地域の誇りとして教育の拠点を担いました。しかし、時代の波に抗うことはできず、平成26年(2014)3月、138年にわたる輝かしい歴史に静かに幕を下ろしました。
世代を超えて描かれた「優しい時間」と学び舎の記憶
子どもたちと地域の絆を象徴するのが、平成22年(2010)に完成した巨大な壁画です。山形大学の学生と児童たちが協力し、国道沿いのトンネル内に「優しい時間と思い出の中田」を描き上げました。四季折々の行事を楽しむ姿が表現されたこの作品には、将来地域を離れた子どもたちが帰郷したくなるような心の拠り所となってほしいという願いが込められています。また、校庭に残る掲揚塔が風に揺れ、懐かしい音を響かせる光景や、静かなグラウンドで過ごす住民の姿など、閉校後も長閑な日常の風景が見受けられます。
再生への歩みと地域を守る新たな役割
閉校後、一時は静寂に包まれた校舎ですが、平成27年(2015)からはNPO法人が拠点を置き、住民自らが清掃などの維持管理を自発的に行ってきました。平成28年(2016)時点で人口296人となった地域に活気を取り戻すべく開催された「なかだまつり」には、120名以上が集まり笑顔が弾けました。現在は、小規模林業などの新たな活動の場となる一方、災害時の避難所として電気も1日中通電されており、いざという時に備えて地域をそっと見守り続けています。
誇り高き学び舎への敬意と未来への祈り
138年の歴史を繋いできた先人たちや、母校を愛し続ける卒業生、そして形を変えて校舎を守り続ける地域住民の方々に、深い敬意を表します。たとえ教室から子どもたちの姿が消えても、中田小学校が育んだ絆や壁画に込められた想いが消えることはないでしょう。小高い丘に立つ気品ある校舎は、これからも中田地区のシンボルとして、そして人々の心の原風景として、時代を超えて未来へと語り継がれていくことが期待されます。
(2025年4月執筆)

この場所に元気な子供達の歓声が再び響き渡る光景を期待したいものです。
PHOTO: 廃校5000 様







