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上杉伯爵邸

  • 文化・教育施設

かつて米沢城二の丸があった地。ここに明治29年(1896年)、最後の藩主である上杉家14代茂憲伯爵の本邸が築かれました。当時「鶴鳴館」と称されたその屋敷は、敷地約5,000坪を誇る壮大なものでしたが、大正8年(1919年)の米沢大火により惜しくも焼失します。

現在の建物は、大正14年(1925年)に再建された二代目です。設計を担ったのは米沢出身の建築家・中條精一郎。彼は次代当主の上杉憲章伯爵と共に英国ケンブリッジ大学で学んだ縁がありました。総ヒノキの入母屋造りや銅板葺きの屋根といった純和風の佇まいの中に、高い天井など洋風の居住性が巧みに融合されています。また、庭園は東京の浜離宮に倣って造園された優美な空間です。

昭和20年(1945年)以降は進駐軍の将校宿舎として接収、返還後は中央公民館として利用されるなど、時代の変遷と共に役割を変えてきました。昭和54年(1979年)に「上杉記念館」となり、平成9年(1997年)には大広間や門などが国の登録有形文化財に登録されました。現在は上杉鷹山公の精神を伝える郷土料理「かてもの」や米沢牛を提供する場として、多くの人々を迎えています。

幾多の苦難を越え、名家の品格を現代に伝えるこの建築を守り続ける運営管理者の方々に、深く敬意が表されます。歴史のロマンと米沢の食文化が交差するこの名建築へ、歴史ファンの皆様もぜひ訪れてみてください。

(2026年1月執筆)

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