Final 2013年3月31日 記事十和田市立大不動小学校 閉校のイメージ画像 History 138年

十和田市立大不動小学校 閉校

  • 文化・教育施設

青森県十和田市大不動漆久保に位置していた十和田市立大不動小学校は、明治時代から平成の初めまで、地域の教育と文化の中心として重要な役割を果たしました。1874年に開校して以来、その歴史は139年に及びます。

開校後、1909年10月には、現在の所在地である漆久保24番地28号に移転し、校舎、体操場、教員住宅などが新たに建設されました。しかし、1944年1月には校舎が全焼するという試練に見舞われ、校長住宅のみが延焼を免れました。地域住民の強い願いのもと、翌1945年10月には4教室と職員室を備えた校舎が再建されています。戦後の1947年(昭和22年)4月には中学校が併置され、1951年4月には講堂や裁縫室が増築されるなど、地域の発展とともに教育環境も拡充されてきました。

さらに1978年6月には新校舎が落成し、1988年1月には新しい体育館が完成するなど、学び舎は時代に合わせて整備が続けられました。

大不動小学校のある地域には、1358年の年号が刻まれた「平山の板石塔婆」や、樹齢300年と推定される「柏木の赤松」など、中世から続く歴史的な文化財が存在し、古くから歴史と自然に囲まれた環境で児童たちは育まれました。学校は地域にとって心のふるさとであり、要となる存在でした。奉仕作業などで地域のかたがたが集まる場所となり、地域住民の求心力を支えてきたのです。閉校式典では、在校児童たちが練習を重ねた地域に伝わる伝統芸能を披露し、学校が担ってきた文化継承の役割に華を添えました。

2000年代に入り、十和田市の総人口や年少人口は減少傾向にあり、学校の適正規模・適正配置が求められる状況となりました。児童数の減少という避けられない現実を踏まえ、大不動小学校は学校統合を余儀なくされます。2013年3月、大不動小学校は米田小学校、滝沢小学校と共に四和小学校へ統合され、その歴史に幕を閉じました。閉校時の在校生は19名、卒業生総数は1,816名でした。閉校に際しては、2012年11月に閉校式が開催され、児童や教職員、そして多くの卒業生や地域住民が参列し、思い出深き学び舎との別れを惜しみました。地域住民からは、統合はやむを得ないとしつつも、学校という地域のシンボルがなくなることへの寂しさや、今後の地域をどうまとめていくかという課題意識が語られています。

大不動小学校は閉校しましたが、そこで育まれた学びの精神と地域愛は、統合先の四和小学校へと受け継がれ、地域の未来を形作る礎となっています。この学校を支えてこられた運営主体、そして教職員の皆様、心より敬意を表します。学び舎の門をくぐったすべての卒業生と関係者の皆様、在りし日の大不動小学校での輝かしい思い出を、今一度心に刻み、未来への力としてください。

 

(2024年9月執筆)

卒業生・先生・地域住民など関係者様の心の中に、美しい思い出が永遠に記憶されますように。

 

長年に渡り、地域の子供達をお守り頂きありがとうございます。

PHOTO: 廃校5000  様

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