Final 2013年3月31日 記事十和田市立伝法寺小学校 閉校のイメージ画像 History 136年

十和田市立伝法寺小学校 閉校

  • 文化・教育施設

かつて青森県十和田市大字伝法寺字盲沼に存在した十和田市立伝法寺小学校は、地域の教育の礎を築いた重要な学び舎でした。

その創立は近代学校教育の草創期、明治時代に遡ります。当時の記録によれば、1877年(明治10年)に西村八治郎氏が首座に就き、1888年(明治21年)には鈴木豊吉氏が初代校長を務めるなど、早い段階から地域の教育を担っていました。特筆すべきは、これらの初期の教員の多くが、旧会津藩士を起源とする旧斗南藩士族の出身であり、本市の学校教育の草創期を築き、地域の発展に大きく貢献したことです。また、伝法寺の地名は、江戸時代には奥州街道の伝馬制度を支える地域のひとつ(伝法寺宿)としても歴史に登場しており、古くから重要な地域であったことがうかがえます。

当校は、伝法寺地区全域など広範囲にわたる児童の学びの場として長きにわたり機能し、地域住民にとっての生活や交流の核として大きな位置を占めていました 。子どもたちは集団生活の中で社会性や規範意識を育み、地域文化の担い手として成長していきました。しかしながら、全国的な少子化に伴う児童生徒数の減少は避けられない課題となりました。十和田市が推進する学校の適正規模及び適正配置に関する方針に基づき、当校は2013年3月をもって閉校し、地域の学びの灯は十和田市立四和小学校へ統合されることとなりました 。これは、義務教育の水準維持と向上、そして施設の老朽化を考慮した上での、学校環境の適正化に向けた判断でした。

伝法寺小学校が果たした役割は、単なる教育の場に留まらず、地域住民の心のよりどころでした。この歴史ある学びの場を長年にわたり支えてこられた十和田市当局及び関係者の皆様に深く敬意を表します。卒業生や教職員の皆様の心の中には、共に過ごした学びの日々、運動場で遊んだ仲間たちとの絆、そして地域の文化と風習の中で育まれたかけがえのない思い出が、今も鮮やかに残っていることでしょう。この機会に、その豊かな記憶を改めて振り返ってみてはいかがでしょうか。

(2025年11月執筆)

卒業生・先生・地域住民など関係者様の心の中に、美しい思い出が永遠に記憶されますように。

 

長年に渡り地域の子供達の登下校を見守り続けました。

PHOTO: 廃校5000  様

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