北区立荒川小学校 閉校
- 文化・教育施設
北区立荒川小学校の誕生と歴史の歩み
1872年(明治5年)の学制発布を受け、その翌年である1873年(明治6年)5月に荒川小学校は開校しました。資料により諸説ありますが、当初は中十条の西音寺境内に設けられたとされ、移転を経て1879年(明治12年)に真光寺境内に分校として戻ったことが現在の基礎となります。明治から大正期にかけて上十条村と下十条村の境界に位置した同校は、1926年(大正15年)に王子第三小学校が新設されるまで地域の子供たちを広く受け入れました。1932年(昭和7年)に東京府東京市王子荒川尋常小学校、1941年(昭和16年)に荒川国民学校と改称され、戦後の1947年(昭和22年)4月に東京都北区立荒川小学校として再出発を果たしました。
地域社会との絆と学校生活の記憶
荒川小学校の開校記念日である7月1日は、近隣の十条冨士神社で執り行われる山開き大祭「お冨士さん」の熱気と重なり、学校が休みになる子供たちが朝から縁日へ駆け出す光景が毎年の風物詩でした。大正末期から昭和初期には私小説作家の木山捷平が教員として教壇に立っており、彼が赴任前に記した詩からは、当時の小学校が持つ瑞々しい空気が伝わってきます。列車の走行音が響く活気ある立地の中、異学年交流や青空給食などを通じて温かなコミュニティ精神が育まれました。
時代の変遷と統合による新たな一歩
地域に愛され続けた同校ですが、北区の学校適正配置の取り組みに伴い、2022年(令和4年)3月31日をもって149年の歴史に幕を下ろしました。同年4月からは十条台小学校と統合され、北区立十条小学校として新たな歩みを進めています。旧荒川小学校の校舎は、2029年(令和11年)9月に予定される新校舎開設までの期間、仮校舎として活用されています。新校舎は2026年(令和8年)の工事着手に向けて計画が進行しており、防災機能を強化した地域の新たな拠点となる予定です。
伝統ある学び舎への敬意と未来への祈り
明治の黎明期から1世紀半近くにわたり、十条の街の発展とともに歩み、数多くの子供たちを育んできた荒川小学校の功績に深く敬意を表します。東京府庁から授かり、大切に受け継がれてきた開校旗の誇りや、緑豊かな環境の中で響いた児童たちの歌声は、閉校を迎えた今も人々の心に深く刻まれています。形を変えて引き継がれる伝統が、新時代を担う子供たちの未来を明るく照らし続けることが切に願われます。
(2026年7月執筆)
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