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伊予鉄道700系 引退

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深夜、路面電車の線路に降ろされた

この電車のもとの姿は、京王帝都電鉄が1963年(昭和38年)に導入した5000系です。架線電圧を600Vから1500Vへ上げる工事の完了に合わせて登場した車両で、アイボリーの車体にえんじ色の帯をまとい、翌年には鉄道友の会のローレル賞を受けています。その車両が海を渡ったのは1987年(昭和62年)8月21日から22日にかけてでした。あらかじめ伊予鉄道の塗装に塗り替えられた第1陣の4両が、瀬戸内海を越えて松山市の三津浜港へ着き、陸揚げされます。車両は大型トレーラーに積まれ、深夜の宮田町から松山駅までの軌道線の上で大型クレーンに吊り上げられて線路へ乗せ替えられ、古町車庫まで牽引されました。営業運転が始まったのは同年9月16日、新形式の誕生を祝う記念ヘッドマークを掲げてのデビューでした。形式名の700は、先に導入された800系が末広がりの縁起の良い数字を取ったため、ラッキーセブンにあやかって決まったと伝えられていますが、伊予鉄道自身が確証のある記録ではない社内の伝承としています。

 

蛍光灯の明かりと、抵抗制御の加速

700系は車体長18m、幅2.7mの鋼鉄製の車両です。走行の制御には抵抗制御が用いられ、のちのVVVF制御車とは異なる加減速の感覚がありました。客室の照明は蛍光灯、前照灯には白熱球が使われています。窓に熱線吸収ガラスは入っておらず、マイコン制御による自動空調もありません。補助電源の静止型インバータも、省エネ対応以前の型です。この電車が走ったのは、松山市駅を中心に伸びる高浜線、横河原線、郡中線の郊外3路線でした。通勤と通学、そして観光の足として、松山平野の季節の移ろいのなかを長く走り続けた車両です。

 

みかんと波の色になるまで

塗装は2度変わりました。1987年(昭和62年)の導入当時は、クリーム色の車体の窓周りをオレンジの帯が彩る装いでした。1994年(平成6年)には1969年(昭和44年)以来25年ぶりのカラーチェンジが行われます。さわやかさを表す濃いクリーム色を地に、愛媛名産のみかんと、常に前進する波を象徴する2色のオレンジ帯を配したデザインで、定期検査に合わせて3年がかりで全車が塗り替えられました。2015年(平成27年)にはIYOTETSUチャレンジプロジェクトにともない、柑橘を思わせるオレンジ一色に変わり、側面に白いIYOTETSUのロゴが入ります。この塗り替えも検査の周期に合わせて進められ、全車が揃ったのは2019年(平成31年)4月でした。愛媛のみかんという土地の産物が、車両の色として30年以上受け継がれてきたことになります。なお2022年(令和4年)7月には、実際に使われていたヘッドライトと方向幕のセットが公式のネットショップで数量限定で販売され、すぐに売り切れました。

 

67年ぶりの新車と入れ替わる

2023年(令和5年)11月、伊予鉄道は郊外電車への新型車両7000系の導入を発表しました。京王からの譲受車を長く使ってきた同社にとって、ゼロから設計した自社発注の車両は67年ぶりです。7000系は大阪府東大阪市の近畿車輌で製造され、JR線を電気機関車に牽かれて約400km、約14時間かけて松山貨物駅へ運ばれました。そこから古町車庫までの約17kmは大型トレーラーによる陸送で、深夜の車庫でクレーンに吊られ、台車へミリ単位で据え付けられます。700系が船で三津浜港へ着いたのに対し、こちらはJR線を渡ってきたことになります。2025年(令和7年)2月に最初の6両がデビューし、同年12月3日にさらに6両が加わって12両となりました。2027年までに計18両が揃う計画で、総投資額は約39億円から40億円。VVVF制御と回生ブレーキにより、抵抗制御の700系と比べて使用電力は約50%減るとされています。車齢の高くなった700系は、順次廃車される方針です。オレンジの車体が走っているうちに、乗りに行ってみてはいかがでしょうか。

(2026年9月執筆)

 PHOTO:写真AC

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