東山給水塔
- 建物・施設
東山配水塔の誕生と誕生の背景
1921年(大正10年)の市域拡張に伴い、名古屋市では人口100万人を見据えた壮大な水道拡張計画が立案されました。その一環として、人口急増による深刻な水圧不足に悩む千種町や田代町などの東部丘陵地帯への給水を目的に、1930年(昭和5年)3月に名古屋市初となる高架水槽「東山配水塔」が完成しました。当時住宅地として急激に発展していたこの地域では、水が出ないことによる衛生悪化や火災への不安が住民の暮らしに影を落としていたため、この巨大な塔の完成は人口100万人達成を祝う象徴的な事業として、地元で大々的に祝賀されました。
若き技師の情熱と地域に溶け込む情緒
この巨大な塔の設計を任されたのは、東京帝国大学を卒業し名古屋市水道局に入局したばかりの若き技師、成瀬薫でした。彼にとっての初仕事となったこのプロジェクトは、国内に参考事例が少なかったため、幼い頃に眺めていた「かまどの上に釜が乗っている」という日本の原風景から造形のヒントを得て進められました。完成当初は鋲接部分から漏水が生じるなど未経験ゆえの苦悩もありましたが、現場の知恵でピンチをしのぎました。1983年(昭和58年)5月には多角形で尖塔状の「とんがり屋根」が設置され、その美しい姿は今も四季折々の自然と見事に調和しています。
時代の変遷と応急給水施設への再生
地域の水道需要の増加に伴い、新たな水道施設が誕生したことで、東山配水塔は1973年(昭和48年)2月に43年間にわたる配水塔としての使命を静かに終えました。一時は撤去も検討されましたが、住民に深く愛されていたことから解体を惜しむ声に押されて存続が決定しました。耐震診断で堅牢さが証明された後、大改造工事を経て1979年(昭和54年)3月に災害時の命綱である「東山給水塔」として蘇りました。内部には常時300立方メートルの水が湛えられており、災害時には約10万人分の乾いた喉を潤すことができる貴重な水源となっています。
歴史的価値への敬意と未来への祈り
東山給水塔は、1985年(昭和60年)に「近代水道百選」に選定され、さらに2020年(令和2年)2月26日には景観重要建造物へ移行するなど、その歴史的価値が法的に保護されています。2011年(平成23年)には土木学会の選奨土木遺産にも認定され、昭和初期の技術者たちの息遣いを今に伝える尊いモニュメントとなりました。かつて一般公開日に多くの市民が最上部からの景色を楽しんだように、この街の記憶を留めるランドマークとして、技術への敬意とともに今後も地域を静かに守り続ける存在であり続けることが願われます。
(2026年7月執筆)
PHOTO:PIXTA







