友ヶ島灯台
- 建物・施設
紀淡海峡に灯った約定の光 ― 友ヶ島灯台、建設の記録
1867年(慶応3年)4月、徳川幕府と英国公使の間で調印された「大阪約定」により、同年12月に予定されていた兵庫港の開港に向けて洋式灯台の整備が定められ、紀淡海峡を望む友ヶ島もその建設候補地の一つとされました。この事業は明治政府に引き継がれ、お雇い外国人技師リチャード・ヘンリー・ブラントンの設計と指導のもと、1870年(明治3年)に友ヶ島西端で建設工事が始まりました。約2年の歳月を経て1872年(明治5年)に竣工し、同年6月27日、友ヶ島灯台は紀淡海峡に向けて初めて光を放ちました。現在の所在地は和歌山県和歌山市加太、沖ノ島内の海抜51メートルの高台です。
花崗石の塔が放つ、赤と白の光
灯台は円形平面で高さ約12.2メートル、建築面積55平方メートルというコンパクトな規模ながら、壁面には花崗石の切石積、灯室には鉄板製のドームが用いられ、潮風に耐える堅固な構造を誇ります。LU-M型(II型)のレンズを通して放たれる光は、10秒周期で赤と白を交互に光らせる単閃赤白互光で、赤240,000カンデラ、白230,000カンデラという強さで約38キロメートル先まで届きます。建設当初、灯台は現在よりも西側の崖近くに位置していましたが、1890年(明治23年)、この地に陸軍が「第一砲台」を建設することが決まり、灯台は東へ25メートル移設されました。
150年を照らし続ける、現役の灯
1977年(昭和52年)には大規模な近代化改修工事が行われ、現在は商用電源で稼働しています。所有者は国(国土交通省)で、海上保安庁第五管区の管轄のもと、航路の安全を今も守り続けています。2015年(平成27年)11月17日、友ヶ島灯台は登録有形文化財に登録され、和歌山県教育庁生涯学習局文化遺産課によっても地域の文化財として保護・発信されています。
砲台跡とともに残る、島の記憶
建設から150年以上を経た今も、白亜の円形石造灯台は紀淡海峡を行き交う船を照らし続けています。かつての要塞であった第一砲台の跡とともに、友ヶ島独特の静寂と歴史の重みを今に伝えています。
(2026年8月執筆)

その堂々たる佇まいは今なお多くの人を魅了します。
PHOTO:写真AC







