大和町立辻又小学校 閉校
- 文化・教育施設
雪深い山里に灯った学びの不滅の灯火
明治35年(1902)、豪雪に包まれる現在の新潟県南魚沼市にあたる集落に、薮神村立薮神尋常高等小学校辻又第一分教場として産声を上げたのが、のちの大和町立辻又小学校です。昭和16年(1941)の国民学校への改称や昭和22年(1947)の学制改革を経て、昭和26年(1951)年には待望の本校からの独立を果たし、中学校の分校も併設されました。昭和31年(1956)の町村合併により大和町立となってからは、地域に根差した学び舎として多くの子どもたちを育み、山あいの集落に賑やかな歓声を響かせました。しかし過疎化の波には抗えず、昭和43年(1968)の中学校分校閉校に続き、昭和59年(1984)6月30日、小学校も惜しまれつつその長い歴史に幕を閉じました。
世代を超えて紡がれる温かな交流と記憶
閉校後も敷地は地域の大切な絆を紡ぐ舞台となっています。近年には、大学のゼミナールの若者たちがこの地を訪れ、旧グラウンドで手作りの運動会を開催しました。静かな集落に一時的に弾けるような活気と笑顔が戻り、住民と学生との間で心温まる交流が生まれました。かつての学び舎は、時代が変わっても人と人を結びつける特別な場所として、今も温かな記憶を宿しています。
姿を変えて地域を支え続ける現在の拠点
昭和39年(1964)の空中写真と基本配置を変えない旧校舎は、一部が解体されたものの、現在は「辻又多目的センター」として再生されています。平成18年(2006)度からは地元の行政区が自ら指定管理者となり、住民の手で愛着を持って維持管理が続けられてきました。豪雪時の避難所という命の砦の役割も担う建物は、現代的な設備を整えながら、今も集落の拠点として人々の暮らしに寄り添っています。
豪雪の地を見守り続ける学び舎への敬意
厳しい冬を乗り越え、地域の暮らしに寄り添ってきた大和町立辻又小学校。かつてこの地で教鞭を執った先生方や、校舎を大切に守り続けてきた住民の皆様の深い愛郷の念に、心からの敬意を表します。木造校舎が醸し出す温もり、そしてここで育まれた豊かな文化や人々の固い絆が、時代の波に消え去ることなく、これからの未来へも大切に語り継がれていくことが心から願われます。
(2024年5月執筆)

長年に渡り、地域の子供達をお守り頂きありがとうございます。
PHOTO: 廃校5000 様







