Final 2001年3月31日 記事関川村立沼小学校 閉校のイメージ画像 History 126年

関川村立沼小学校 閉校

  • 文化・教育施設

明治に生まれた学び舎と羽越大水害からの復興

1875年(明治8年)、新潟県岩船郡関川村の山間部にあった沼集落の私邸を借り受ける形で「沼校」が開校しました。時代とともに分教場、国民学校と名称を変え、終戦後の1948年(昭和23年)に地域の人々の長年の悲願であった「関谷村立沼小学校」として独立を果たしました。1954年(昭和29年)には町村合併により「関川村立沼小学校」へ改称。1967年(昭和42年)8月28日の羽越大水害で旧沼集落の校舎が流失する悲劇に見舞われましたが、翌1968年(昭和43年)に片貝地区へ新校舎が竣工し、復興を遂げました。1976年(昭和51年)には開校100周年を祝う記念碑が校庭に建立されています。


地域と共歩した畑冬季分校と大内淵冬季分校の記憶

かつて周辺の片貝地内には畑鉱山が存在し、1940年代には多くの労働者で活気に満ちていました。その子供たちのために「畑冬季分校」が設けられ、冬の厳しい寒さの中で授業が行われていましたが、鉱山の衰退に伴い1966年(昭和41年)に廃止されました。また、さらに山奥の子供たちが通った「大内淵冬季分校」も存在し、雪深い地域の学びを支えていました。しかし、この分校も1972年(昭和47年)に廃止となりました。


少子化による関小学校への統合と現在の校舎の姿

過疎化と少子化の影響を受け、2000年(平成12年)には全校児童が13名にまで減少しました。そして2001年(平成13年)に関川村立関小学校へ統合される形で、126年間にわたる長い歴史に幕を下ろしました。閉校後、広大な敷地や鉄骨造の校舎は「片貝ふれあい自然の家」や「公民館分館」として地域住民の活動拠点に生まれ変わっています。


伝統を語り継ぐえちごせきかわ大したもん蛇まつりと未来への願い

水害の記憶を風化させないため、村では1988年(昭和63年)から大水害の日にちなんだ全長82.8メートルの大蛇が練り歩く「えちごせきかわ大したもん蛇まつり」が開催され、地域の絆を守り続けています。また、かつて沼小学校に響いていた校歌は、他の閉校となった村内小中学校の校歌とともにデジタル復元・保存され、村のウェブサイトで聴くことが可能です。厳しい自然と共生しながら歩んできた関係者の方々の努力に敬意を表するとともに、この地ではぐくまれた記憶が未来永劫語り継がれることが願われます。

(2024年5月執筆)

地域に愛された学び舎でした。

 

卒業生・先生・地域住民など関係者様の心の中に、美しい思い出が永遠に記憶されますように。

PHOTO: 廃校5000  様

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