油津赤レンガ館
- 建物・施設
運河と港が育んだ豪商の煉瓦倉庫
宮崎県日南市の油津は、室町時代から明国との貿易の寄港地として知られた港町です。1686年(貞享3年)には、飫肥藩主の伊東祐実氏の命によって堀川運河の開削が始まりました。山あいで切り出された飫肥杉を油津港まで水運で運ぶための運河で、石積みの護岸や堰堤が築かれ、港と運河が一体となった町並みが形づくられました。この地で飫肥杉の取引によって財を成したのが、豪商の河野宗四郎氏です。その四男である河野宗人氏が主屋の改築に合わせて建てた倉庫が、現在の油津赤レンガ館です。建築年は、日南市の資料では1921年(大正10年)、県や国の文化財記録では翌年とされています。約22万個のレンガを積み上げた煉瓦造2階建て・瓦葺きの建物で、建築面積は132平方メートルです。1階の中央をアーチ天井の通路が貫いて内部を左右2室に分け、門構えや各室の入口にもアーチ状の意匠が施されています。
解体の危機を救った31人の出資
大正から昭和初期にかけて、油津港はマグロ漁の拠点として栄え、港の周辺には魚市場や旅館、商店が立ち並びました。しかし昭和後期になると、産業構造の変化とともに人口が減り、町の空洞化が進みました。そうしたなか、赤レンガ館は競売にかけられ、取り壊される恐れが生じます。これに対し、地元の住民や事業者31人が1人100万円ずつ、合計3,100万円を出し合って「合名会社油津赤レンガ館」を設立し、建物を買い取りました。民間の有志が資金を持ち寄って地域の建物を残したこの取り組みは、その後の油津のまちづくりの契機となりました。堀川運河もまた、一度は埋め立てが決まりながら、住民の反対運動によって保存へと方針が転換された経緯をもっています。
登録有形文化財として再生した交流拠点
赤レンガ館は1998年(平成10年)10月9日に国の登録有形文化財に登録され、のちに合名会社から日南市へ寄付されました。現在、1階は観光・歴史案内休憩室として午前9時から午後6時まで無料で開放されており、中庭側の通路にはスロープや自動ドア、多目的トイレが整えられています。2階は多目的交流スペースとして、会議やミニコンサートなどの会場に1時間280円で貸し出されています。2003年度(平成15年度)からは、行政・専門家・住民が同じ場で議論する「日南市油津地区・都市デザイン会議」が設けられ、運河の石積み護岸の復元や、飫肥杉を使ったベンチやデッキの整備が進みました。赤レンガ館の奥には、同じく登録有形文化財である旧河野宗泰家主屋が建ち、周辺の近代化遺産とともに歩いて巡れる散策路の一部となっています。
運河の町の記憶を次の世代へ
大正期に倉庫を築いた河野家、そして競売の際に私財を投じて建物を買い取った31人の有志によって、油津赤レンガ館は100年を超えて堀川運河のそばに残されています。保存の取り組みは、運河の護岸を昔ながらの工法で積み直した石工や、まちづくりに加わった住民・専門家へと広がりました。飫肥杉とマグロで栄えた港町の歩みを伝える建物として、赤レンガ館がこれからも地域の人々と訪れる人々に使われ、次の世代へ受け継がれていくことが願われます。
(2026年10月執筆)
PHOTO:PIXTA
「男はつらいよ 寅次郎の青春」は、1981年公開のシリーズ第32作。寅さんが旅先の日南・油津で人々と触れ合い、笑いと切なさに満ちた交流を繰り広げる人情喜劇です。港町の風景や堀川橋での名場面が印象的で、昭和の庶民文化と旅情を伝える作品です。
油津赤レンガ館にはロケ資料や写真が展示されています。







