綱ノ瀬橋梁
- 建物・施設
九州横断の夢を背負った近代土木技術の結晶
昭和12年(1937)に完成した綱ノ瀬橋梁は、全長417.8メートルを誇る、鉄筋コンクリートの大アーチ1連と無筋コンクリートアーチ42連から構成される壮大な橋です。鋼材利用が厳しく制限された時代、近代コンクリート技術の粋を集めて建造されました。「コンクリートの神様」「コンクリート工学育ての親」などとも称された吉田徳次郎博士の指導のもと、コンクリート橋として初めてケーブルエレクション工法(土木学会では「カンチレバーエレクション」とも)が適用された技術的傑作です。昭和10年(1935)2月20日に延岡〜日向岡元間で開業した日之影線(日ノ影線)は、昭和14年(1939)に橋梁が架かる延岡〜日ノ影駅間が全通し、豊かな森林資源を運ぶ大動脈として地域を支え続けました。平成元年(1989)4月28日には第三セクターの高千穂鉄道として再出発し、通勤・通学の地元住民を主な乗客として支えながら、雄大な自然を望む路線として多くの旅人にも愛されました。
渓谷の緑と人々の暮らしに溶け込む曲線美
五ヶ瀬川本流と綱ノ瀬川の合流点付近に描かれた幾何学的な曲線美は、80年以上の歳月を経て苔むした風合いを纏い、今では周囲の自然環境と完全な調和を見せています。五ヶ瀬川流域で行われる鮎釣りや水遊び、お盆の精霊流しといった、自然と共生する地域特有の文化の傍らに、この橋は常にありました。鉄道としての役割を終えた現在でも、北東約140メートルの地点に架けられた槙峰大橋と並び立ち、新旧の橋梁が調和した見事な景観を創出しています。その姿からは、この場所が今なお日之影町の誇りとして深く愛されていることが伝わってきます。
荒天の試練を乗り越え重要文化財への道へ
平穏な歩みは平成17年(2005)9月の台風14号により一変し、甚大な被害を受けた線路は復旧の道が断たれ、平成20年(2008)12月28日に惜しまれつつ全線廃止となりました。しかし、その圧倒的な歴史的・技術的価値は色褪せることなく、令和2年(2020)12月23日には宮崎県内初の近代化遺産として国の重要文化財に指定されました。現在は旧線路跡の一部が森林セラピーロードに生まれ変わり、訪れる人々に静かな癒やしを与える新たな役割を担っています。
峻険な谷に架けた情熱を未来へ語り継ぐ
険しい渓谷に挑んだ技術者たちの情熱と、鉄道と共に歩んだ地域の方々の記憶は、この美しいアーチの中に今も息づいています。力強い列車の走行音は途絶えましたが、日之影町の象徴として、そして世界の宝として、この優美な姿が末永く守り継がれることが願われます。時代が変わっても、新旧の橋が並び立つこの景観が、土木技術の歩みと郷土への愛着を未来へと繋ぐ架け橋であり続けることを信じてやみません。
(2023年5月執筆)

当時最先端の土木技術の結晶とも言えそうです。
PHOTO:PIXTA







