旧宮崎農工銀行
- 文化・教育施設
- 建物・施設
昭和元年に誕生した県都の銀行建築
宮崎市の県庁街に建つ旧宮崎農工銀行は、1926年(昭和元年)に株式会社宮崎農工銀行の社屋として建設されました。大正から昭和へと元号が改まった年に完成した建物です。農工銀行は農業や地域の産業に資金を供給することを目的とした金融機関で、宮崎農工銀行も地場の産業を資金面から支える役割を担っていました。建物は鉄筋コンクリート造の2階建てで、建築面積は406平方メートルです。正面にはバルコニーが張り出し、外壁の中層にはレンガ調のタイルが張られています。内部には吹き抜けが設けられ、その周囲を2階のギャラリーが巡ります。円柱の頂部には渦巻き形の飾りを持つイオニア式の柱頭が施され、細部には幾何学的な形態が取り入れられています。西洋の古典建築に由来する意匠と近代的な造形を併せ持つこの建物を、文化庁は明朗で端正な銀行建築と評しています。
看板を替えながら続いた銀行の営み
宮崎農工銀行の店舗は、その後の金融機関の統合によって日本勧業銀行宮崎支店となりました。戦後にはさらなる再編を経て第一勧業銀行宮崎支店となり、建物は昭和の後期まで銀行の店舗として使われ続けました。運営する銀行の名前が変わる間も、建物そのものは次の銀行へと引き継がれ、県都の金融の窓口としての役割を担ってきました。吹き抜けを囲む2階のギャラリーからは1階の営業室を見下ろせる造りとなっており、預金や融資の手続きに訪れる人々を迎える空間として使われていました。地域の産業を支える目的で建てられた建物は、所属する銀行を変えながら、半世紀以上にわたって橘通りの一角で営業を続けました。
県庁5号館から曳家・復原、文化財登録へ
1986年(昭和61年)、宮崎県が土地と建物を取得し、建物は宮崎県庁5号館として行政の用途に使われるようになりました。2020年(令和2年)には、建物を解体せずにそのまま移動させる曳家と、建設当初の姿に戻すことを目指した復原の工事が行われ、建物は県庁防災庁舎の前の広場へと移されました。2021年(令和3年)10月14日には、国の登録有形文化財(建造物)に登録されています。登録番号は45-0112で、登録基準には「造形の規範となっているもの」が適用されました。所在地は宮崎市橘通東一丁目44で、現在は宮崎県が所有し、県財産総合管理課が管理しています。近くに建つ県庁舎本館などとともに、県庁街の歴史的な景観を形づくっています。
100年の節目を迎えた県都の銀行建築
旧宮崎農工銀行は、宮崎農工銀行、日本勧業銀行、第一勧業銀行、そして宮崎県へと所有者と用途を変えながら、約1世紀にわたって県都の中心に建ち続けてきました。その歩みの背景には、建物を建てた人々、銀行の店舗として使い続けた行員たち、そして取得から曳家・復原、文化財登録に至るまで保存に携わった行政や技術者の取り組みがあります。2026年(令和8年)に建設から100年を迎えたこの建物が、昭和初期の銀行建築の姿と県都の金融の歴史を伝える存在として、これからも受け継がれていくことが願われます。
(2026年10月執筆)
PHOTO:写真AC







