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御嵩駅 鉄道駅としての廃駅か

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鉄路の終わりがもたらす車窓の寂寥と日常の風景

1871年(明治4年)に中山道周辺で始まった幹線鉄道の調査から、御嵩の地には150年以上の長きにわたり鉄路の記憶が刻まれてきました。大正の軽便鉄道開通から100年以上にわたり、黒煙を上げる蒸気機関車や近代的な電車が、この地域の緑豊かな山々と調和しながら走り続けてきました。かつて朝の通勤ラッシュを支えた緑色の名鉄3400系電車や、軽快な音を響かせたレールバスなど、時代ごとに車両の姿を変えながらも、鉄道は常にこの街の原風景として溶け込んでいました。しかし、2026年(令和8年)5月29日の存続協議終了にともない、当たり前のように鉄道車両が景色の一部となっていた美しい日常の光景は、いよいよ終わりの時を迎えようとしています。


暮らしを乗せた真っ赤な車体と地域の人々の愛着

沿線の人々にとって、名鉄の象徴である真っ赤な車体が静かな街並みを走り抜ける姿は、暮らしの安心そのものでした。2009年(平成21年)5月16日に開催された7000系パノラマカーの引退イベントでは、御嵩駅に滑り込む雄姿に多くの人々が歓声を上げ、鉄路への深い愛着を共有しました。地域の風物詩である八百津だんじり祭や御嵩の蟹薬師祭礼といった行事の際にも、乗客の笑顔を乗せた電車がカタゴトと音を立てて走る姿が、地域の賑わいと結びつく象徴的な出来事として住民の心に焼き付いています。車窓から眺めるぎふワールドローズガーデンや鬼岩公園の四季折々の自然とともに、鉄道がある風景は地域社会の温かさと結びついていました。


バス交通への転換と新たな要所としての役割

2026年(令和8年)5月29日に名鉄と沿線3市町との協議がまとまり、2029年(令和11年)3月までの運行要望を残して鉄路の廃止に向けた準備が動き出しました。今後は鉄道に代わる新たな移動手段として、バス交通への転換が進められる計画です。長年、駅を中心に形成されてきた地域のネットワークは、バスの運行路線へと形を変え、交通の要所としての重要な役割は今後も維持される見込みです。2020年(令和2年)の調査で約73パーセントの住民が存続を願った地域の足は、形を変えながらも、御嵩駅から徒歩3分ほどの中山道みたけ館周辺を含めた中心市街地の利便性を守り続けていきます。


歴史を紡いだ鉄路への敬意と未来へのメッセージ

大正から令和まで100年を超える歴史を紡ぎ、地域住民の移動を支え続けた名鉄広見線の功績と、運行を支えたすべての関係者様に心からの敬意が表されます。御嵩駅の観光案内所や駅周辺施設では、現在も地元の高校生やボランティアが観光案内や特産品販売に励んでおり、その明るい声は次代を担う地域のエネルギーを感じさせます。たとえ線路の上から電車の姿が消え、見慣れた日常の光景に終止符が打たれるとしても、育まれてきた地域の絆や交通の要所としての機能は新たな形で未来へと受け継がれていきます。この地に刻まれた鉄路の記憶が人々の胸に永く残り、新たな一歩を踏み出す地域の交通網が今後も豊かに発展していくことが切に願われます。

(2026年6月執筆)

PHOTO:写真AC

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