箱根登山電車100形車両 引退
- 乗り物
天下の険に挑んだ日本初の山岳鉄道
1888年(明治21年)の馬車鉄道設立に始まる箱根の鉄路は、1900年(明治33年)に国府津から湯本間が電化され、近代化の第一歩を踏み出しました。スイスの山岳鉄道に感銘を受けた技師の設計により、1919年(大正8年)6月1日には箱根湯本から強羅間の本格的な山岳鉄道が開業しました。1928年(昭和3年)に箱根登山鉄道株式会社へと社名を変え、天下の険と呼ばれる箱根の足としての地位を確固たるものにしました。当初チキ1形・2形として誕生した車両は、1950年(昭和25年)から1956年(昭和31年)にかけて木造車体から頑丈な鋼製車体へと生まれ変わり、現在の100形(モハ1形・2形)として、戦後の観光復興期から長年にわたり山岳を駆け抜ける同社の象徴として活躍を続けました。
自然と共生し国境を越えた絆を育む
箱根登山電車は、粘着式鉄道として日本一の急勾配や急カーブを散水しながら進む独特の走行音、3箇所のスイッチバックなど、自然と一体となった運行が特徴です。初夏には職員が育てた約1万株の紫陽花が咲き誇るあじさい電車として親しまれ、2007年(平成19年)には選奨土木遺産に選定されました。1979年(昭和54年)にはスイスのレーティッシュ鉄道と姉妹鉄道協定を結び、国境を越えた絆を育んできました。
時代の波と2028年へのカウントダウン
大正時代から100年以上親しまれてきた100形車両ですが、経年劣化により2025年(令和7年)10月1日に新型車両への代替と引退が発表されました。2026年(令和8年)7月1日からは純金フリーきっぷの発売や車内写真展などの記念企画が展開され、ノスタルジーを誘っています。日本国内で定期運行する普通鉄道の電車として最古の存在となっているモハ1形と2形は、2028年(令和10年)1月末をもって長い歴史に幕を下ろします。
伝統を繋ぎ記憶の中に生き続ける銘車
箱根の過酷な山道を幾度も往復し、数多の観光客の旅路と地域の生活を支え続けてきた100形車両と、それを維持してきた歴代の関係者様の尽力に深い敬意を表します。昭和の面影を色濃く残す木製の内装や重厚なモーター音、急坂に挑むその雄姿は、定期運行が終了した後も人々の記憶に永遠に残り続けることでしょう。この偉大な運行の歴史と山岳鉄道の技術が、未来の新しい箱根の足へと無事に継承されますよう心より願われます。
PHOTO:写真AC







