記事北見ハッカ記念館・薄荷蒸溜館のイメージ画像

北見ハッカ記念館・薄荷蒸溜館

  • 建物・施設

世界を席巻したハッカ王国の歩みと栄華

明治34年(1901)頃、北見の地で本格的に始まったハッカ栽培は、瞬く間に大地を潤し「薄荷御殿」が並び立つほどの活況を呈しました。かつてこの地域は、世界市場の約7割を占めるハッカ王国として君臨していたのです。不当な買い付けに苦しむ農民たちの悲願を受け、ホクレン北見薄荷工場が竣工したのは昭和8年(1933)のことでした。昭和13年(1938)頃には生産量が絶頂を迎え、小樽港から世界中へ爽やかな香りが送り出されました。戦時中の衰退を乗り越え、戦後も復興の象徴として歩みましたが、貿易の自由化や合成ハッカの台頭という時代の波に抗えず、昭和58年(1983)に半世紀にわたる工場の歴史に幕を下ろしました。


情熱が生んだ逸話と人々の誇り

工場建設には、農家の利益を守ろうとした三輪龍揚らの熱い情熱がありました。建設地が急遽変更された影響で、建物の正面が裏通りを向いてしまうという珍事も起きましたが、それも今では地域で語り継がれる微笑ましい語り草です。昭和29年(1954)には昭和天皇・香淳皇后も視察に訪れ、街はかつてない歓喜に包まれました。先人たちが知恵を絞り、汗を流した記憶は、今も敷地内の記念碑や銅像に刻まれています。


産業遺産として息づく現在の姿

工場閉鎖後の昭和61年(1986)、事務所棟は北見ハッカ記念館として再生しました。平成19年(2007)には近代化産業遺産に認定され、その歴史的価値が改めて評価されています。平成14年(2002)に併設された薄荷蒸溜館では、現在も蒸留の実演が行われており、新鮮なハッカの香りが往時の記憶を呼び覚まします。かつての巨大な工場群は姿を変えましたが、市の文化財として大切に守り続けられています。


芳醇な香りが未来へ語り継がれることを願って

英国風のモダンな名建築の中で、風に乗って漂うミントの香りに包まれると、ハッカと共に生きた人々の誇りが鮮やかに伝わってきます。時代の移ろいの中で、北見の誇り高き産業史を次世代へと繋ぐこの場所が、これからも多くの人々に愛されることを願わずにはいられません。北見の空に溶け込んだ爽やかな香りが、永遠に人々の心に残り続けることが願われます。

(2026年5月執筆)

PHOTO:PIXTA

同じ都道府県の記事

同じカテゴリーの記事

ファイナルアクセス会社サイトはこちら

残り日数で探す

記事ランキング※24時間以内

Final Access Books

注目コンテンツ これが最後です

都道府県から探す