新潟市立黒鳥小学校 閉校
- 文化・教育施設
新潟市西区、信濃川と中ノ口川が交わる豊かな田園地帯にかつて存在した新潟市立黒鳥小学校。その起源は古く、1873年に大野校の分校として開校したことに始まります。1901年の黒埼村発足、2001年の新潟市との合併など、行政区分の変遷とともに校名を変えながら、地域教育の中核を担ってきました。
当地は直木賞作家・鷲尾雨工の生誕地としても知られ、文教の気風が高い地域でした。1967年には校内に地区公民館図書室が開設され、学校は単なる教育施設にとどまらず、地域住民の生涯学習や交流の拠点としての役割も果たしました。また、特産である「くろさき茶豆」などの農業や、地域固有の伝統芸能の継承活動を通じて、子どもたちは地域社会と深く関わりながら育まれました。しかし、少子化に伴う学校再編の波を受け、2004年3月をもって閉校となりました。131年の歴史は、木場小学校、板井小学校とともに新設された「黒埼南小学校」へと受け継がれました。閉校後、跡地は市の文化財施設の建設候補地として検討されましたが、敷地条件等から見送られました。現在は校舎が社会福祉施設として転用され、プール跡地には公民館が建設されるなど、形を変えて地域福祉とコミュニティの拠点として活用され続けています。
長きにわたり地域を見守り続けた学び舎と運営主体に深く敬意を表します。卒業生や教職員の皆様、正門付近に残る閉校記念碑や懐かしい校舎の面影を心に浮かべ、あの日々の思い出を振り返ってみてはいかがでしょうか。
(2025年12月執筆)

確かにここに学び舎が存在した。その証です。
PHOTO: 廃校5000 様







