Final 2026年3月31日 記事千里阪急ホテル 営業終了のイメージ画像 History 56年

千里阪急ホテル 営業終了

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万博の熱狂とともに歩み始めた北摂の迎賓館

昭和45年(1970)3月、アジア初開催となった日本万国博覧会の華やかな幕開けとともに、千里阪急ホテルは産声を上げました。大阪府豊中市の千里中央駅前に誕生したこのホテルは、世界中から訪れる賓客や万博のパビリオンアテンダーを迎え入れる国際色豊かなリゾート空間として設計されました。名建築家・浦辺鎮太郎氏が率いる事務所が手掛けた建物は、白い壁とオレンジ色の大屋根が美しいヨーロッパ風の外観を誇り、近代的なニュータウンの中で「森と街のつなぎ目」としての役割を担いました。緩やかなカーブを描く客室や清涼感あふれるプールは、当時の人々に新しい時代の訪れを予感させる憧れの象徴だったのです。


職人の手仕事と地域に愛された社交の場

館内には、機械化が進む時代にあえて逆行した「人間らしいぬくもり」が息づいています。一つひとつ丁寧に切り出された焼きムラのあるタイルや、柔らかな光を放つ吹きガラスの照明など、職人たちのひたむきな手仕事が随所に宿っています。地元住民からは「緑豊かなこの森で結婚式を挙げたい」という熱い要望が寄せられ、昭和51年(1976)4月には宴会場棟である東館が増築されました。木漏れ日が差し込むガーデンでのウエディングは地域の語り草となり、週末に家族でおめかしをして出かける大切な社交場として、半世紀以上にわたり北摂の暮らしに寄り添い続けてきました。


時代の変遷と再開発に向けた新たな決断

平成3年(1991)8月には光の芸術が輝くアイヴィーチャペルが誕生し、令和2年(2020)3月の開業50周年には貸切列車でのウエディングトレインなど、時代に合わせた夢のある企画を展開してきました。しかし、建物の老朽化や令和6年(2024)8月に改定された「千里中央地区活性化基本計画」に伴う再開発により、大きな転換期を迎えました。惜しまれつつも、令和8年(2026)3月30日の宿泊利用を最後に、56年にわたる営業を終了することが決定しました。現在は閉館を前に、1970年生まれの方への特別割引やメモリアルブースの設置など、感謝を込めたフィナーレが催されています。


記憶の中に生き続ける千里のオアシスへ

開館から今日まで、千里阪急ホテルは単なる宿泊施設ではなく、人々の人生の節目を彩る「記憶の装置」としての役割を果たしてきました。七五三や結婚式、そして家族の団らんなど、この場所で紡がれた無数の物語は、メモリアルブースに寄せられるメッセージとともに次代へと語り継がれていくことでしょう。素晴らしい空間を作り上げた建築家や職人、そして温かくゲストを迎え続けたスタッフの皆様に深い敬意を表します。たとえ建物が形を変えても、白い壁と緑の森が織りなした美しい風景は、多くの人々の心の中で永遠に色あせることはありません。

(2026年2月執筆)

 

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