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青淵文庫

  • 文化・教育施設

青淵文庫は、近代日本の実業界を牽引した渋沢栄一の雅号「青淵」にちなんで名付けられた、貴重な歴史的建造物です。その歴史は、栄一の傘寿(80歳)と子爵への陞爵を祝うために、彼を師と仰ぐ竜門社の会員たち(現在の公益財団法人渋沢栄一記念財団の前身)によって計画されたことに始まります。

建設は1922年に始まりましたが、1923年の関東大震災によって工事が一時中断を余儀なくされました。その後、1925年に竣工を迎え、東京の北区西ヶ原(飛鳥山公園内)に完成しました。この建物は、堅牢な耐火性が求められ、鉄筋コンクリートと煉瓦造の二階建てで建てられています。設計は建築家の田辺淳吉(中村田邊建築事務所)、施工は清水組(現・清水建設)が手がけました。文庫の内部には、贈呈者たちの栄一への敬意と感謝の念が込められ、渋沢家の家紋「丸に違い柏」をモチーフとしたステンドグラスや装飾タイル、さらには「寿」の文字をデザインした装飾が随所に施されています。

当初は栄一が収集した論語関連の書籍などを収蔵する個人図書館となる予定でしたが、震災による資料焼失もあり、実際には国内外からの賓客を接待する迎賓館として大いに活用されました。来訪した賓客からは「美事なる図書室」として賞賛されています。1931年に栄一が死去した後、文庫は隣接する晩香廬と共に竜門社に寄贈されました。1945年の戦災で敷地内の母屋は焼失しましたが、青淵文庫と晩香廬は戦火を免れています。1982年には渋沢史料館の展示会場として利用が開始され、そして近代建築史における価値が認められ、2005年には国の重要文化財に指定されました。この建物は、大正期における建築技術と装飾芸術の融合を示す重要な遺産として、当地にとって欠かせない位置づけを占めています。

2025年には竣工100周年を迎え、その歴史を伝えています。この貴重な建物を現在まで大切に守り、公開を続けている運営管理主体には、深く敬意が表されます。歴史の転換期を見つめてきたこの優美な空間を、ぜひ一度訪れて体感していただくことを歴史ファンの方々へ強く推奨いたします。

(2025年11月執筆)

PHOTO:PIXTA

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