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鵬雲洞

  • 建物・施設

明治の近代化を象徴する煉瓦造りの名隧道

明治42年(1909)1月、和歌山水力電気株式会社により県内初の電気軌道が開通しました。その後、和歌山市と海南市を隔てる船尾山の難工事を経て、明治44年(1911)11月に竣工したのが「鵬雲洞」です。延長184.47メートルの複線トンネルは、イギリス積みの赤煉瓦や伝統的な算木積みの石垣、珍しい盾状迫石の意匠で美しく築かれました。昭和4年(1929)には海南駅前まで全線が開通し、市街地と景勝地や漆器の産地を結ぶ観光・生活の大動脈として成長を遂げます。車輪の重低音を響かせながら路面電車が行き交う空間は、地域の近代化を牽引する象徴的な存在として、長く全盛期を誇りました。


地域に遺された車両と軌道の記憶

和歌山軌道線は地域の人々の暮らしに深く寄り添いました。廃線後、役目を終えた車両の多くは日高郡由良町の海に沈められ漁礁となりましたが、昭和3年(1928)頃製造の車両は岡公園などで今も大切に保存されています。また、軌道下に敷かれていた分厚い御影石の敷石は、和歌山城の歩道や紀三井寺の参道へと移設されました。かつての電停名も和歌山バスの停留所名として受け継がれ、人々の日常に溶け込んでいます。


四代のトンネルが並ぶ緑道の現在

モータリゼーションの波により、軌道線は昭和46年(1971)に全線廃止となり、62年の歴史に幕を閉じました。現在、鵬雲洞を含む約3.86キロの軌道跡は「紀三井寺緑道」として整備され、歩行者らの憩いの道となっています。船尾山の尾根には、大正14年(1925)開削の毛見隧道のほか、昭和46年(1971)と平成6年(1994)の国道トンネルが並び、明治から平成までの四つの時代を今に伝えています。


往時の情熱を未来へ伝える不滅の遺産

南側の坑口に掲げられた扁額には、当時の美しい海岸風景を称賛する「天開図画」の文字が刻まれています。かつて電車の音が響いた鵬雲洞は、今では人々の穏やかな足音が響く空間となりました。春の桜が咲き誇る緑道を抜け、ひんやりとした風が吹き抜けるこの歴史的遺産が、明治の近代化に邁進した先人たちの情熱を伝える象徴として、これからも末永く守り継がれることが願われます。

(2026年6月執筆)

PHOTO:PIXTA

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