佐川橋
- 建物・施設
森林と水流が育んだ大正下津井の林業史
明治44年(1911年)に三浦木材の主導で四万十川水系初の森林軌道が中津川・大奈路間に敷設されたことで、流域における近代的な林業の幕が開けました。その後、大正14年(1925年)には大正営林署が軌道を買収し「大正林道」として延伸され、昭和14年(1939年)頃には大正下津井地区にも軌道が開通しました。さらに昭和19年(1944年)には津賀ダム建設に伴い、梼原川の支流に鉄筋コンクリート造の優美な3連アーチ橋「佐川橋(めがね橋)」が架橋されました。昭和20年代から30年代の最盛期には、佐川事業所周辺に約60世帯・200人が暮らし、山奥とは思えないほどの活気と喧騒に満ちあふれていました。
山の暮らしを支えた人々の息遣いと温もり
林業が最も栄えた時代、通学路として軌道の枕木を踏みしめて歩いた下津井小学校の子どもたちは、1本5円のアイスに心を躍らせていました。深夜の急病人に備えて27年間一滴の酒も口にせず機関車を操縦し続けた運転士や、大切な牛馬のために山を越えて往診した獣医の存在は、まさに地域の固い絆を象徴するものでした。共有のカヤ場から刈り取ったカヤを使い、組合を作って村総出で各家の屋根を葺き替える共同作業の風習や、伝統のワラビ粉づくりは、厳しい自然の中で共生してきた人々の温かい暮らしを今に伝えています。
時代の変遷と文化遺産としての新たな歩み
モータリゼーションの到来により、高知県最後の森林鉄道となった下津井~佐川線は昭和42年(1967年)3月25日に廃止され、27年の歴史に幕を閉じました。昭和44年(1969年)には事業所も解体されましたが、残された佐川橋は平成20年(2008年)3月7日に国の登録有形文化財となり、さらに令和5年度(2023年度)には土木学会の選奨土木遺産に選定されました。現在は、四万十町が整備したウォーキングトレイルの終着点や「四万十町アートトレイル」として、新たな役割を担っています。
歴史が息づく里山への敬意と未来への祈り
戦国末期の「長宗我部地検帳」にその名が刻まれて以来、下津井の地は幾多の時代を乗り越え、豊かな自然と伝統を繋いできました。環境省の「重要里地里山」にも選ばれたこの美しい景観と、過酷な建設現場に身を捧げた先人たちの歴史が、めがね橋の雄大な佇まいとともにいつまでも語り継がれることが願われます。厳しい冬の水墨画のような美しさや、初夏の夜に舞うホタルの光が、これからも訪れる人々の心に深く刻まれ、未来の世代へと受け継がれていくことを祈念いたします。
(2023年11月執筆)

かつての森林鉄道のトロッコ橋は今なお多くの人々を魅了します。
PHOTO:写真AC







