篠山市立雲部小学校 閉校
- 文化・教育施設
篠山川のせせらぎと共に歩んだ百十八年の教育史
明治25年(1892)4月1日、自然豊かな西本荘の地に「雲部尋常小学校」として産声を上げたのが、かつての雲部小学校の始まりです。鮎が泳ぐ篠山川のせせらぎや、一輪草が咲き誇る山間の美しい風景に囲まれ、子どもたちの学び舎は地域と共に歩み始めました。明治26年(1893)には新校舎が完成して現在の地へ移転し、明治43年(1910)には高等科を併設するなど、教育への情熱によって規模を拡大させます。昭和2年(1927)の運動場拡張や、昭和3年(1928)の木造2階建て校舎と講堂の落成は、村の活気の象徴でした。戦後の昭和22年(1947)には新制の雲部小学校となり、復興への希望を胸に新たな歴史を刻み始めました。
地域と世界を繋いだ温かな交流と学びの記憶
雲部小学校は、地域社会や異文化との深い絆を大切に育んできました。昭和35年(1960)に制定された校歌には、衣笠山や雲部車塚古墳といった地元の誇りが歌い込まれ、子どもたちの郷土愛を育みました。特筆すべきは、平成元年(1989)から始まった神戸市の聖ミカエル国際学校との交流事業です。この異文化交流は閉校までの21年間、一度も途切れることなく続けられ、山あいの小さな村の子どもたちに広い世界を教える貴重な機会となりました。また、閉校を前に全校児童33名と教職員が手形とメッセージを刻んだ陶板モニュメントは、共に過ごした温かな時間を形にした、地域とかけがえのない絆の証として今も大切に残されています。
時代の変遷と令和へと続く新たな役割
昭和34年(1959)に多紀郡内で初となる鉄筋コンクリート造の校舎が誕生した当時は、215名もの児童が在籍し、校庭には活気ある声が響いていました。しかし、時代の流れとともに少子化が進み、平成11年(1999)に篠山市立となった頃には児童数が65名に減少しました。平成21年(2009)には児童数33名となり、複式学級が導入されるなど大きな変化を余儀なくされます。そして、平成22年(2010)2月には最後の「ふるさと学習」や全校住民による航空写真撮影が行われ、思い出を胸に刻みました。同年3月31日、多くの卒業生や地域住民に見守られながら、百十八年にわたる輝かしい教育の歴史に静かに幕を下ろしました。
ふるさとの誇りを未来へ繋ぐ感謝の結び
雲部小学校が閉校してからも、この学び舎で育まれた精神は地域の人々の心の中に深く息づいています。明治から平成まで、幾世代にもわたって子どもたちの成長を見守り続けてきた先生方や、学校を支え続けた地域住民の皆様の献身的な努力には、言葉では尽くせないほどの敬意を表します。学び舎としての役割は終えましたが、校歌に歌われた美しい風景や、共に学んだ友人たちとの絆は、これからも色褪せることはありません。雲部小学校という名前が刻まれた記念碑は、かつての活気を後世に伝える道標となり、この地で学んだ誇りは未来を担う人々の糧となって永遠に引き継がれていくことでしょう。
(2026年2月執筆)

卒業生・先生・地域住民など関係者様の心の中に、美しい思い出が永遠に記憶されますように。
PHOTO: 廃校5000 様







