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通天閣

  • 建物・施設

大阪の空にそびえる「浪速のシンボル」通天閣。その歴史は、明治45年(1912)に遡ります。第5回内国勧業博覧会の跡地に誕生した初代は、凱旋門の上にエッフェル塔を載せたような独創的な姿で、遊園地「ルナパーク」と共に大大阪時代の繁栄を牽引しました。儒学者・藤沢南岳により「天に通じる高い建物」と名付けられ、地域の誇りとなりましたが、昭和18年(1943)に足元の映画館火災の延焼で被災し、さらに戦時下の金属供出によって解体されるという悲運に見舞われます。

特筆すべきは、その復活劇に見られる地域社会との深い関わりです。戦後、行政主導ではなく、「寂しくなった街に再び塔を」という地元商店主や住民の熱意と出資によって、昭和31年(1956)に二代目が再建されました。この「民都・大阪」の心意気による民間主導の復興こそが、当施設ならではの歴史であり、単なる観光施設を超えた精神的支柱としての位置づけを確立しました。

内藤多仲の設計による二代目は、平成19年(2007)に国の登録有形文化財に指定され、建築史上の評価も定着しています。令和5年(2023)の改修を経てもなお、新世界のランドマークとして輝き続けるその姿。幾多の苦難を乗り越え、希望の灯りを守り抜いてこられた運営主の皆様の尽力に、深く敬意を表します。読者の皆様も、あの日見上げた銀色の塔に、ご自身の大切な記憶を重ねてみてはいかがでしょうか。

(2026年1月執筆)

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