Final 2026年10月12日 記事十勝千年の森 閉園のイメージ画像 History 18年

十勝千年の森 閉園

  • 文化・教育施設

新聞の紙を、森で返す

1987年(昭和62年)頃、十勝毎日新聞社は、新聞の発行で大量に使う紙の分を、森が固定する炭素で相殺できないかと考えました。王子製紙の林木育種研究所に試算を依頼すると、必要な森は約800ha。1991年(平成3年)から3年をかけて、清水町羽帯に約500haの土地を取得します。芽室岳、久山岳、剣岳を望む水の豊かな土地で、かつて北海道開発庁が国連大学の誘致適地として挙げた場所でもありました。1994年(平成6年)5月、マスタープランの作成が高野ランドスケーププランニングの高野文彰氏に依頼されます。当時、金融機関が勧めていたのは高層ホテルやゴルフ場といった大規模開発でした。提案されたのはその逆で、森と農業、教育、エコツーリズムを軸にした計画です。

 

植えずに、引く

長く手の入っていなかった森に、重機を一度に入れることはしませんでした。時間をかけて笹を刈り、間伐を重ねながら、木々や地形の様子を確かめていく。この進め方はスローデザインと呼ばれました。新しい苗木を外から植えるのではなく、茂りすぎた木を間引くことで、土の中に長く眠っていた自生植物の種、埋土種子を芽吹かせます。引き算のデザインです。主要な庭園の計画と設計は2003年(平成15年)から5年をかけて進められ、施工は2012年(平成24年)まで、サンコー緑化、阿部造園、地元の清水町森林組合が担いました。自然を管理して制御するのではなく、草花と昆虫と野鳥がともに暮らす環境を育てる。その考え方が、この森の設計の根にありました。

 

5つの庭と、海外からの評価

2008年(平成20年)、十勝千年の森はグランドオープンします。約400haの敷地は5つの庭で構成されました。高さ約3mの三日月形の丘が波のように連なる大地の庭、十勝の自生種を中心に草花が風にそよぐ野の花の庭、木道が原生林のなかを伸びアート作品が点在する森の庭、野菜やハーブを育ててカフェで出す農の庭、そしてHGSデザイナーズガーデンです。野の花の庭と大地の庭を手がけたのは英国のガーデンデザイナー、ダン・ピアソン氏で、木道やレストランは象設計集団の樋口裕康氏が設計しました。牧草地にはヤギが放たれ、そのミルクで作るチーズは国内のコンテストで賞を受けています。2012年(平成24年)、大地の庭と野の花の庭は英国ガーデンデザイナーズ協会の大賞を受け、同年には北海道ガーデンショーの主会場にもなりました。2015年(平成27年)には日本芝生文化大賞、2017年(平成29年)には土木学会デザイン賞の最優秀賞が贈られています。

 

1000年の森の、18年目

2026年(令和8年)9月16日、十勝毎日新聞社は、十勝千年の森を観光庭園としては10月12日の営業をもって閉園すると発表しました。開園から18年目の区切りです。ただし、森そのものが閉じるわけではありません。1000年先を見据えた育林は続けられ、園内の農業とチーズ工房でのチーズ作りも引き継がれます。最後の3日間、10月10日から12日にはクローズ感謝祭が予定されています。三日月形の丘と野の花の庭を歩けるのは、10月12日までです。日高山脈を背にしたこの庭を、最終日までに訪ねてみてはいかがでしょうか。

(2026年9月執筆)

PHOTO:写真AC

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