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針尾送信所

  • 建物・施設

天を貫く3基の巨塔 ― 針尾送信所、竣工の記録

大正11年(1922年)、長崎県佐世保市針尾中町382番地の丘陵地に、旧佐世保無線電信所(通称・針尾送信所)が完成しました。設計は佐世保鎮守府建築科が手がけ、工事監督には海軍技術者・吉田直氏があたっています。竣工した3基の無線塔(1号・2号・3号)は、いずれも地上高136メートル、基部直径12.1メートルを誇り、一辺300メートルの正三角形の各頂点に配置されました。1基あたりの建築面積は102.56平方メートルに及び、3基合わせて約307.68平方メートルもの強固な礎が、針尾の山肌に深く刻まれています。


石張りの電信室と、地下に響いた通信の記憶

正三角形の重心にあたる位置には、爆撃から設備を守るため大部分を地中に埋めた半地下式の電信室が設けられ、正面と背面には石張りの外壁が施されました。電信室内部には発電機室と送受信機室があり、送信に必要な電力を生む発電機や、当時最先端の通信機器が置かれています。この施設は長波無線通信施設として、遠方の艦船へ指示を伝える国防上の役割を担っていました。


大正期の技術が生んだ、現存唯一の姿

高さ136メートルの塔をコンクリート打放し仕上げで垂直に築き上げた技術は、大正時代(1912〜1926年)における日本の建築・土木技術の高さを示すものとされています。かつて日本各地に存在した長波無線通信施設のうち、竣工当時の姿を電信室とともに完全な形で残しているのは、現在この施設のみです。


重要文化財として残る、通信の遺構

大正11年(1922年)の竣工から約91年を経た2013年(平成25年)3月6日、旧佐世保無線電信所は国の重要文化財に指定されました。現在は文部科学省の管理のもと、近代日本の土木・通信技術を伝える文化遺産として保存されています。

(2026年9月執筆)

差し込む光が、朽ちた施設の内部を照らしています。

 

蔦に覆われた石張りの外壁が、歴史の重みを伝えています。

PHOTO:写真AC

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当施設の無線塔と電信室が登場します。

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