那覇市民会館 解体/取壊
- 建物・施設
かつて那覇市寄宮の与儀公園隣に威容を誇った旧那覇市民会館は、戦後沖縄のアイデンティティを体現する歴史的建築でした。本土復帰前の昭和45年(1970)、金城信吉らの設計で完成したこの建物は、赤瓦や深い軒の「雨端(アマハジ)」、目隠しの「ヒンプン」など琉球の伝統様式をコンクリートで再構築した「光と影の建築」として知られます。建設費の一部が市民の募金で賄われたことは、当時の人々が「文化の殿堂」に寄せた渇望の表れでした。
当地の歴史を語る上で欠かせないのが、昭和47年(1972)5月15日の沖縄復帰記念式典です。屋良朝苗知事が館内で新生沖縄県の出発を宣言する一方、外では復帰内容への抗議の声が響き渡りました。ここは復帰の喜びと基地問題の苦悩が交錯した、まさに現代史の証人だったのです。その価値は公にも認められ、平成18年(2006)には日本を代表する近代建築として「DOCOMOMO Japan 選定建築物」に選ばれました。
老朽化により平成28年(2016)に休館し、機能は令和3年(2021)開館の「那覇文化芸術劇場なはーと」へ継承されました。旧会館は令和6年(2024)に解体に向けた棟下式を経て役目を終えましたが、その意匠の一部は新たな形で保存・活用される方針です。長きにわたり文化の拠点を守り、記憶の継承に尽力された運営管理主には深く敬意が表されます。建物が姿を変えても、沖縄史の転換点となったこの聖地を訪れ、往時の息吹を感じることを強くお勧めします。
(2026年2月改筆)

本土復帰の象徴となる建物でした。

この建物の姿は多くの人々の心のなかに記憶されているはずです。
PHOTO:沖縄県在住T様
VIDEO : Final Access ファイナルアクセス







